※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

 渋滞を抜けサービスエリアに到着すると紗良は売店でモバイルバッテリーを購入し大急ぎで静流に電話をかけた。

『紗良さん?今、どこにいるんですか!?』
「こ、高速道路のサービスエリアです……。実は、お土産屋さんで月城さんと遭遇してしまって……!!」

 ようやく連絡が取れると紗良はなんだか泣きそうになった。
 時間にしたら一時間ほどであったが、もう二度と静流の声が聞けないのではと思った。
 紗良は己の窮状を手短に静流に伝えた。

『状況はわかりました。紗良さんはそのまま月城さんと東京に帰ってください』
「わかりました……」

 電話を切ると紗良は激しく落ち込んでしまった。
 楽しかった旅行がまさかこんな形で終わるなんて……。

 家の近くまで月城に送ってもらうと紗良はひとり家の中で静流の帰りを待った。

「紗良さんっ!!」
「静流さんっ!!ごめんなさいっ!!」

 静流が帰宅すると二人は四時間ぶりにひしと抱き合った。

「ああっ無事でよかった……っ!!あと少し連絡が遅かったら警察に駆け込んでいるところだった……」
「心配かけてごめんなさい……!!」
「貴女が謝る必要はありません。私の稚拙な嘘を守ろうとしてくれたんでしょう?」

 静流は紗良を責めることなく、ひたすら抱きしめてくれた。
 再会の喜びを存分にわかち合うと静流は紗良の肩に手を置きこう言い聞かせた。

「紗良さん、約束してください。次に同じようなことがあったら、相手が誰であろうと私との関係を正直に話してください。貴女を見失った一時間は本当に生きた心地がしなかった……」
「はい……」
 
 静流と恋人になれた嬉しさですっかり忘れていた。いや、忘れようとあえて心にしまっていた。

 紗良はいつまで架空の妻を演じればいいのだろうか?

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