※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
静流から遅れること二十分。紗良は最寄り駅の改札を抜けホームへの階段を上ると、吉住の姿を探した。
彼はホームの端にあるベンチでスマホを眺めていた。
「おはよう、吉住くん」
「おはようっす。三船さん」
二人は待ち行列に並ぶと、ホームに滑り込んできた電車に共に乗り込んだ。車両の中央付近まで歩き、つり革に掴まる。二人が乗った各停は座席に座れはしないけれど、ぎゅうぎゅう詰めでもない程よい混雑具合だった。
「朝から付き合わせてごめんね」
「いーっすよ、隣の駅ですし。木藤さんの命令なら逆らえないんで」
「ほとぼりが収まったらお礼するね」
「これぐらいお礼とかいらないっす」
お礼は不要だと言われてどこか拍子抜けする。これが令和に生きる男子というやつなのか。やけにあっさりしすぎている。
「いやー。でもさ……迷惑かけてるわけだし受け取ってよ。何がいい?またエナドリ?」
「じゃあ、木藤さんと二人で食事に行けるようにセッティングしてください」
「んん……!?」
無欲な振りをしていたくせに、しれっととんでもないことをお願いされた。
(逆らえないってそういう意味なの!?)
わわわと一気に色めき立つ紗良とは対照的に、吉住はポーカーフェイスを貫いた。
紗良は自分のことは棚に置いて、同僚の恋模様を根掘り葉掘り聞きたくなった。