※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
出勤と退勤に吉住が同行するようになり一週間。周平に待ち伏せされることはほとんどなくなっていた。
(吉住くん、遅いなあ……)
その日の終業後、紗良はエントランス脇の柱の裏に隠れて吉住を待っていた。この日も二人は共に退勤する予定だった。
エレベーターに乗り込む前にトイレに寄るから先に行ってくれと言われ、ひとりで一階に降りてきてしまったが十五分も経つのに吉住は一向に現れない。
何かトラブルでも起きたのだろうかと心配になる。仕事のことならともかくプライベートに関しても吉住の手を煩わせているということに負い目もあり、紗良はスマホを手に取った。
(今日は一人で帰りますっと……)
吉住宛にメッセージを送るとバッグを肩に掛け直す。周平の姿も見当たらないしもう大丈夫だろうと紗良はすっかり油断していた。
元々、周平は飽きっぽい性格で何かに熱中したとしても一ヶ月もったことがない。
本社に戻り紗良と再会して一時的に熱に当てられていただけで、本気でヨリを戻す気なんてなかったのだ。
紗良が呑気に構えていたその時だった。
「今日はあの吉住って後輩と一緒じゃないのか?」
これは偶然か、それとも……。
ヒヤリと背筋が凍る。周平は紗良がひとりになる機会をじっと窺っていたに過ぎなかったのだ。
「紗良、少しでいい俺の話を聞いてくれないか?」
「聞いてどうするの?私達とっくの昔に終わったじゃない。今更何か言われても困るよ……」
周平に詰め寄られ、紗良は俯いた。