※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

「あの後輩は紗良の彼氏でもなんでもないんだろう?なら、話を聞いてもらうぐらいいいだろう?」

 周平からの鋭い指摘に紗良は回答を差し控えた。下手なことを言って墓穴を掘ったらまずい。月城の一件で経験済みだった。

「紗良っ!!お願いだ」
「離してっ……」

 腕を掴まれ紗良は必死になって抵抗する。
 昔はこの強引さに従うのが気楽で良かったのに、今は腹立たしくてしかたない。

「乱暴はやめてください」

 エントランスの小高い天井に凛とした低声が響く。
 揉めている二人の仲裁に入ったのは静流だった。静流は周平の手を振り払うと、紗良を庇うように間に割って入った。
 
「一課の秋野くんですね。三船さんは私の大事な部下です。彼女を傷つけるような真似は許しませんよ」

 静流が冷ややかに見下ろし威圧すると周平はたじろいだ。穏やかな静流が鬼をも殺す迫力で睨めば誰だってそうなる。

「行きましょう。吉住くんは客先から電話がかかってきたので、少し残るそうです。今日は私が駅まで送ります」

 静流に背中を押されながら紗良は再びビルの外へと歩き出した。怖気付いたのか周平が追ってくることはなかった。
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