※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

「怪我がなくて良かった……」

 誰にも聞かれないよう小声で囁かれる。静流を仰ぎ見れば、春の陽だまりのように穏やかに微笑まれた。
 つむじ風のように颯爽と現れ、悪役を撃退してくれた。
 特撮映画に登場するヒーローみたいで格好良かった。そう伝えたら怒られるかな?

「あ、の……静流さん……」
「三船さん!!すいません遅くなりました」

 紗良がお礼を言おうとした時、吉住が二人の元へ駆けてきた。

「お客様の方は大丈夫なの?」
「木藤さんが代わってくれました。いいから三船さんのところに早く行ってやれって」

 木藤と吉住の気遣いは嬉しいが、残念でもあった。もう少しだけ静流と一緒にいたかった。

「あ、まだこっち見てますね。一応腕とか組んどきます?」
「……そうだね」

 エントランスに残された周平は、三人の様子を食い入るように眺めていた。
 周平には吉住が彼氏でないことは既に見破られているが、念のため彼氏のフリは続けた方が無難だろう。
 紗良は差し出された腕に掴まった。恋人の目の前で別の男性と腕を組むなんて、やましい気分になる。

「私は戻りますね。まだ仕事が残っているので。吉住くん、三船さんのことくれぐれもよろしくお願いしますね」
「はいっ!!」
 
(静流さんは平気なのかな……)

 紗良は後ろ髪引かれる想いでその場を後にしたのだった。
 
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