※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。


 約束の土曜日がやって来ると、紗良はいつになくそわそわと家の中を動き回っていた。
 意味もなくリビングの中をうろうろしたかと思うと、埃を見つけてはせっせと掃き掃除する。
 同居人候補には少しでも居心地が良さそうな部屋だと思われたい。
 掃除もろくにできないだらしない女だと思われては困る。
 
 約束の時間の五分前。玄関のインターフォンが鳴ると到着を待ちわびていた紗良は玄関へと走った。 

「やっほ~、紗良」
「ほのか、なんか久し振りだね」

 引っ越していく前は毎日顔を合わせていただけに、たった数日会わないだけでも妙な懐かしさがこみ上げてくる。

「電話で言ってた同居人候補を連れてきたよ」

 ドアの裏側に隠れるようにして立っていた同居人候補はほのかに促されるようにして、前に進み出た。

「どうも、初めまして。高遠静流です」

 紗良は同居人候補を見るなり色々な意味で度肝を抜かれた。
 紗良の身長は日本人女性の平均とほぼ同じ百五十八センチ。大きくもなく小さくもない高さだが、同居人候補の顔を見るためには首を大きく上に向ける必要があった。

 くっきりと彫りの深い顔立ちには美しいパーツが絶妙なバランスで配置されていた。少しでもずれていたら、この見惚れるほどの美しさは失われていたはずだ。

 癖のないストレートヘアは無造作にワックスで左右に固められ、メタルフレームのボストンタイプの眼鏡から覗くパッチリとした二重の双眸が、紗良が何者なのかを窺うようにゆっくりと動いている。

 世の中には高身長の女性もいるだろうし、絶世の美女も存在するが、体格や服装から察するにどこからどう見てもこれは……。

「静流さんって……」

(男性だったの!?)

 それもとびきりの美形!
 紗良は驚きのあまり口をあんぐりと開け、アホ面を晒した。

「ごめーん、紗良。驚いた?」

 ほのかは悪びれもなく、紗良に謝ったのだった。

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