※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「木藤さん、今の貴女に必要なのは新しい仕事や叱咤激励ではありません。一杯の紅茶をゆっくり飲み干すことのできる精神的なゆとりです。少しだけ肩の力を抜いてみませんか?息を大きく吸い、吐き出した後には新しい景色が見えてくるはずです。さあ、どうぞ」
どうぞと言われた木藤は訝しみながらも促されるがままに大きく息を吸い、そして数秒かけてゆっくりと吐き出した。
「これ、本当に効果あるんですか?」
「おかしいな……。私には結構効いたんですが……」
真顔で首を傾げる静流を見て、木藤は突然ぷっと笑い出した。ひとしきり笑うと目尻に浮かんだ涙を指で拭う。
「ああ、おっかしい!!高遠課長でも上手くできないことがあるんですね。私……変に意地になりすぎていたのかな……」
笑って緊張が緩んだのか木藤からポロリと本音がこぼれていく。静流は同意するように優しく頷いた。
「今週は休んでいただいて構いません。来週、元気な貴女に会えるのを楽しみにしています」
静流はそう言うと仕切りの裏に隠れている紗良には気が付かずに、医務室から出て行った。
(すっかりタイミングを逃しちゃったな……)
木藤が見た新しい景色がどんなものなのか。それをこの場で聞くのはヤボと言うものだ。