※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「我孫子さんの送別会ですか?」
「はい。例によってまた我々が幹事なんです」
紗良と吉住は揃って課長のデスクに送別会への出席確認と参加費の集金の伺いにやって来た。
「たまには幹事を代わってもらったらどうですか?」
紗良と吉住は互いに顔を見合わせた。
飲み会の幹事なんて面倒臭い役割を率先して引き受けるのにはそれなりの理由がある。
「いえ、大丈夫です。ポイントカードのポイントが大量に貯まって一石二鳥なんです」
「幹事だと、飲み代無料の特典がつくんで実質タダで飲めるんす」
「二人とも実にちゃっかりしてますね」
抜け目のない幹事二人組に静流は苦笑いした。そして、送別会への出席の意思を示すと、快く集金に応じた。
我孫子の五十五歳の誕生日であり、最終出社日に合わせて送別会は催された。
和食がいいと言う我孫子のために紗良は水炊き料理のお店を予約した。事前の下見やお店の選定は吉住に任せていたが、結構当たりのお店だ。女将はよく気のつく人だし、寡黙な店主の作る水炊きと小鉢はどれも繊細な味付けでお酒に合う。
「こんなに素敵な会を開いてもらって悪いねえ……」
照れ臭そうな我孫子の元には入れ代わり立ち代わり課員が訪れた。
皆、我孫子との別れを惜しんでいる。煌陽一筋三十二年。のらりくらりと器用に形式ばかりの出世と無用な責任を躱しながら、早期退職まで漕ぎ着けたその手腕は静流とは別の意味で見事と言える。