※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「あの、すみません。それ、俺のせいかもしれないっす……。昼に食堂で同期とソシャゲのイベントの話になって……」
我孫子の送別会があった日、静流と紗良をタクシーから降ろした後、もらったお札に静流の保険証が挟まっていることに気がついた。
慌ててタクシーを降りマンションの前まで歩いて戻り、入口でソシャゲをしながら静流が出てくるのを待っていたがとうとうイベントが終わっても戻ってこなかった。
という主旨の話を同期としていたところ、集まっていた中の一人が突然こう言い出したそうだ。
「ははっ。それって不倫じゃねーの?」
女性の部下の家を訪れ一時間以上も出てこないとなると、実は二人は示し合わせていかがわしい行為でもしていたに違いないと。
まさかと吉住はその場で否定したらしいが、彼の所属する二課の課長がかねてより注目度の高い静流ということもあり、憶測は事実のように瞬く間に広がっていった。
「課長が不倫なんてするはずないっすよ。三船さんだって完全に潰れたし……」
「ま、そうだよな……。高遠課長と三船さんの二人にも失礼な話だな」
課員はことあるごとに愛妻家ぶりを発揮する静流のことも、お酒にてんで弱い紗良のこともよく知っている。
しかし、課外の人間に見た目や実績はわかっても人柄までは正確に伝わらないものだ。
噂のことは当事者でもある静流が帰社すると、速やかに報告された。
「本当に申し訳ありませでした」
「謝る必要はありません。とにかく、しばらく様子を見ましょう」
静流は申し訳なさそうに頭を下げる吉住を気遣うように、努めて冷静な声色で語りかけた。
しかし、その表情はこれまで見たことのないほど険しいものだった。