薔薇節 ━━しょうびせつ━━

「よろしいのですか?」

「何が?」

歩調を緩めて、言緒さんは隣を歩いてくださいます。

「また言緒さんの負担が増えてしまいます」

「私のことより、自分と子どものことを考えなさい」

川沿いに立つ楓の枝から、言緒さんは葉を一枚摘み取りました。
葉先が半分、紅くいろづいています。

「名前を考えないとな」

「はい」

「いくつになったら将棋が指せるかな」

「女の子かもしれませんよ」

「女でも将棋くらい指せないと」

言緒さんが手を離すと、楓の葉は風にのって往来を駆けていきました。

「言緒さんは、次の世でも、次の次の世でも将棋を指すおつもりですよね」

「無論そうだよ」

将棋界は今隆運に乗っています。
会派を越えた他流試合が企画され、将棋指しの生活を安定させるために対局料も増額されました。
今後はますます変わっていくでしょう。

次の世では、棋力と研鑽だけで身を立てられる時代になっているでしょうか。
それとも、将棋など過去の遺物となり果てているでしょうか。

「きっとわたし、今生だけでなく、次の世でも、次の次の世でも、言緒さんのお時間を頂戴すると思います」

近い将来、言緒さんは家業を退き、将棋専門の道に踏み出すかもしれません。
しかしわたしや子の存在は、その肩の荷を増やすばかりです。
貧乏くじを引いたのは、言緒さんのほうであったのでしょう。

「仕方ない。ゆきは諦めが悪いから」

けれど、どんなに荷が重くとも、抱えて行ってもらうほかありません。
ずっとそばでこのひとの将棋を見ているのだと、出会った日に決めてしまったのですから。

「ご面倒をおかけします」

小春日を瞳に受けて、言緒さんは笑いました。

「ああ、本当に面倒くさいな」

差し出された手を握るとひんやりと冷たく、季節がまた少し進んだことを感じました。



大正十三年 東京の三会派が統一され、「東京将棋連盟」結成。
昭和二年 関西の会派と合流して「日本将棋連盟」に改称。
昭和三年 東京にて棋士の養成機関である「新進棋士奨励会」が発足。
令和三年 日本将棋連盟所属棋士は約百七十名。対局料や賞金を受け取って対局をする他、アマチュアへの普及や指導、棋書の執筆、解説などでも活躍中。





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