「正志さん、ありがとうございました。聞かなければわからないことばかりでした。」

「そうだね、僕も勉強になったよ。費用は高いのか安いのかわからないけど、下手に自分で申告して追徴金取られるくらいなら専門家に頼んだ方が良いと思うよ。まあ、お母さんと相談して。」

「はい、そうします。」

「あー腹減った。店に行こう。歩いてすぐだよ。」

正志さんはネクタイをゆるめてから私の手を引いて歩いた。
中華の店は2階建てで、既にお客さんでいっぱいだった。しかし直ぐに二人は席に着くことが出来た。

「この店には以前先輩に連れてきてもらった。その先輩から教わったおすすめがあるよ。嫌いなものが無ければ俺が頼むけど・・・」

「お願いします。自分で頼むといつもと同じになるので・・・」

「わかる。どうしてもそうなるよね。」

正志さんは数品をオーダーしてくれた。


面白いお料理が運ばれてきた。
お皿の上に大きな卵焼きの帽子のようなものが乗っており、別皿に薄い皮とネギとタレが付いていた。

「なんですかこれ?・・・面白い・・・」

「卵焼きの下は野菜炒めだよ。この薄皮にねぎと野菜 卵を乗せて、甘辛たれをかけて巻いて食べるんだ。作ってあげるね。」

正志さんは見本を作ってくれた。

「手でガブっといって。」

言われたとおりにした。

「美味しい! 」

「美味しいよね。これこの前食べて気に入ったんだ。もう一度食べたかった。」

正志さんは次から次へと作って食べていた。

「ねえ楓さん、俺ね、食事をしていて一緒に美味しいと言いながら食べるのって大切なことだと思うんだ。どんな高級な料理でもファーストフードでも。」

「はい、私は一人でご飯食べるのが苦手です。そして一緒に美味しいねって食べるのが大好きです。」

「俺もだよ。一人だと美味しくない。ねえ、これからなるべく一緒にご飯食べようか。」

「はい、嬉しいです。」

「俺の仕事は忙しい時とそうでないときの差があるから、忙しい時は無理だけどなるべく努力するよ。」

「はい。負担のない範囲で・・・」


次から次へとお料理が出て来た。

「正志さん、頼みすぎですよ、残しちゃう。直哉さんも誘えばよかったですね。」

「イャだよ、折角楓さんと二人なのにあいつに邪魔されたくないじゃない。」

ちょっとしたこういう言葉も嬉しかった。

「直哉さんってちょっとかわいいですね。まだ若いって感じ。正志さんとも仲良さそうだし、素敵な兄弟です。」

「あいついいやつだよ。子供の時は僕のことずっと追いまわしていた。何でも同じことをしようとしてね。5歳も年が離れているからちょっと面倒だったんだけど、必死で追いかけてくるから可愛かった。茶目っ気たっぷりなやつでね。本当は会計士なんて向いていないようにも思うけど、あいつは何故かそれを選んだんだ。」

「いいですね。私兄弟いないからうらやましい。」

「そうだな。面倒なこともあるけど、俺はいてくれてよかったかな。・・・そういえばさっきあいつが帰り際にナイス! って言ったのわかった? あれは君のことだよ。」


・・・えっ、そうなの?・・・


いつも正志さんにはドキドキさせられる。
でもそう言われたことに喜んでいる正志さんのことをかわいいと思った。


夕食後、正志さんはアパートまで送ってくれた。

「正志さん、今日はありがとうございました。相続の件は母と相談してご連絡します。」

「楓さん・・・」

正志さんは私を引き寄せキスをした・・・

「帰りたくないけど、我慢して帰るね。またね楓さん。」

正志さんは帰っていった。


・・・ファーストキスだった・・・
・・・やさしいキス・・・


立ちすくんでいた。
頬に触れた正志の手のぬくもりと、唇の感触が全身の感覚をそこに集中させた。
指で唇をなぞり、正志さんが帰っていった道を眺めた。


梅雨前の少し生暖かい風が身体を包んだ。
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