空
桜のシーズンになった。
正志さんの仕事は忙しくなり、4月からはフルタイムで仕事をすることになった。
病気になってから約1年になる。まだ多少の不安はあったが、日常に戻るのは嬉しかった。
辺りは桜見物の為にライトアップされていた。
桜吹雪の中、二人で散歩をした。杖もなく二人で手を取り合ってゆっくり歩いた。少し年寄り臭いとは思ったが、幸せだった。
「この分だと秋には全快だな。秋に旅行に行こう。」
「そうね。楽しみね。」
昔みたいに楽しい話に花が咲いた。
帰り道、正志さんがつまずいた。
「あっ・・・」
「大丈夫? 」
とっさに手を掴み支えたので正志さんは転ぶことは無かった。
「ごめん、大丈夫さ、つまずいただけだ。」
私は少し不安を覚えた。
不安は的中した。
それから1週間後の日曜日、私が買い物から帰ってきて倒れている正志さんを見つけた。
「いやぁぁぁ~、正志さん・・・正志さんしっかりして・・・」
応答はなかった。無我夢中で救急車を呼んだ。そして直ぐに直哉さんにも連絡をした。
直哉さんは直ぐに病院に来てくれた。
「直哉さん・・・」
「お姉さん、どうしたの? 何があったの? 」
「私が買い物から帰ったら・・・倒れていて・・・声をかけても応答が無くて・・・」
それ以上、声にならなかった。
「ここのところ順調に回復していたよね。」
「殆ど杖もいらなかったの・・・」
以前担当してくれた三上先生が処置室から出て来た。
「先生、主人は・・・」
「奥さん、これから緊急手術になります。血栓があるのですが、場所が悪い。前回よりも良くないです。」
「そんな・・・」
それを聞いてうずくまった。直哉さんがずっと肩を抱いていてくれた。
3時間何も話さずじっと待合室で手術が終わるのを待った。その間も直哉さんはずっと側にいてくれた。
手術中のランプが消え、三上先生が出て来た。
「先生・・・」
「一応、血栓は取れる範囲で取りました。そこにステントを入れてあります。但し言語機能のところなので、話がどれだけできるか心配です。」
「うっ・・・」
「奥さん・・・とにかく意識が戻るのを待ちましょう。旦那さんは頑張る人だ。今日は術後集中治療室にいます。明日病室に移る予定ですから今日は一度お家にお戻りください。」
私は歩けなかった。直哉さんが支えてくれた。
「お姉さん、家に帰ろう。送るから・・・」
直哉さんは私を家まで送ってくれて、鍵をバックから出してドアを開けた。
そして、居間のソファーに座らせてくれた。
「お水持ってくる。」
直哉さんは冷蔵庫から水を持ってきて、ボトルのキャップを開けて渡してくれた。
「ありがとう直哉さん。大丈夫、もう帰ってください。」
「大丈夫なはずがない。」
直哉さんは私の肩を力強く抱いてくれた。
「お姉さん、僕の胸を貸すから、我慢しないで泣いて・・・」
我慢していた涙があふれた。そっと直哉さんの胸で泣いた。直哉さんはやさしく泣き止むまでずっと抱きしめてくれた。
・・・直哉さんは正志さんと同じ香り・・・これ以上はダメ・・・
「直哉さん・・・もう・・・落ち着いたわ。平気・・・」
「僕今晩はここにいようか?」
「大丈夫よ。帰って・・・帰ってください。また明日病院に来て・・・」
必死で強がりを言った。
「・・・わかった。」
直哉さんは帰っていった。