正志はなかなか目覚めなかった。
私は急遽仕事も辞め、毎日病院に行って正志の手を握っていた。直哉さんも夜仕事帰りに来てくれた。

「お姉さん、ちゃんと食べられている?」

「食べないといけないと思っているけど、食べられないの・・・」

「一緒に行こう、二人だと食べられるかもしれない。少しでも食べないと・・・」

時間的にあまり空いている店が無く、ファミレスに行った。

グラタンなら食べられるかもしれないと思って頼んでみた。
半分くらい食べられた。

「良かった、少し食べられたね。」

「直哉さんには迷惑かけっぱなしね。」

「何言っているんですか。迷惑なんて思っていない。僕はね、兄貴には感謝している。子供のころから兄貴になりたくて、かっこいい兄貴にあこがれてずっと追いかけて来た。5歳も年下の弟なんて面倒くさいはずなのに、兄貴はずっと僕のことを気にかけてくれていた。そんな兄貴が大好きなんだ。それにね、兄貴がお姉さんを滝会計事務所に連れて来た時、お姉さんを見て“ああ、兄貴にピッタリの人だ”って思ったんだ。だからさ・・・その・・・迷惑なんて思わないでよ。何でも言ってほしい。」

「ありがとう直哉さん。助かります。」

素直に直哉さんの親切を受けた。それ以上の気持ちを直哉さんが抱いているとは思いもしなかった。



4日が過ぎた。
ナースステーションで声をかけられた。

「坂口さん。」

担当の看護婦さんだった。

「今日の朝早くに旦那様目を覚まされたんですよ。」

「本当ですか。」

「はい、目を開けられて・・・でも声は出ていません。今日先生が診察予定です。とにかく病室に一緒に行きましょう。」

「はい。」

速足で病室に向かった。

「正志さん・・・」

正志さんは目を閉じていたが、声を聞いて目を開けた。

「ああよかった。正志さん、わかる? 」

「うー」

何かを言いたそうだが言葉にならない。

正志さんの手を取ったが、右手はダランとしていた。左手をぎゅっと握ると多少の反応があった。

「わかってはいますね。」

看護婦さんは言った。

「正志さん、また頑張ろう。きっと良くなるよ。」

私はそれしか言葉が見つからなかった。


それから少しして病室に三上先生が来て診察をしてくれた。

「目覚めて良かった。まだ目覚めたばかりだから何とも言えませんがこれから経過観察して治療をしていきます。少し時間がかかりますが頑張りましょうね。」

「はい。よろしくお願いします。」

良くなることを信じていた。


正志さんはほとんど寝ていた。手足もほとんど動かず、話すことも出来なかった。だが、人の言葉には反応はした。


あまり好転せず、そのまま入院して3ヶ月が経とうとしていた。

「坂口さん、ちょっと・・・」

三上先生から呼び止められた。

「もうすぐ入院して3ヶ月になります。どうされますか、在宅看護になさいますか?」

そうだ、父の時もそうだった。3ヶ月以上はなかなか病院に居られないのだ。

「はい、では家で介護に努めます。」

「わかりました。今回は少し厳しいです。奥さまの身体も心配ですので、ケアマネと十分にご相談ください。」

「はい・・・」

父の時と同じだった。

直哉さんに退院のことと在宅ケアのことを話した。

直哉さんは私の身体を心配してくれた。でも・・・やるしかないじゃない。愛する正志さんのためだもの・・・
< 47 / 67 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop