次の日の昼前にホテルをチェックアウトをした。支配人の佐藤さんが深々と頭を下げてくれた。
そしてティーラウンジでゆっくり外を眺めながら紅茶を頂いた。
“楓さんは紅茶派? ”と正志さんに聞かれたことを思い出した。“そうよ、私は紅茶派よ”と答えた。


のんびり歩いて軽井沢銀座まで来た。
ホテルでアクセサリー店の場所を聞いていたのでそこに向かった。
軽井沢銀座はトップシーズン前なのでまだ閉まっている店も多くすこし寂しかったが、アクセサリーのお店は通年営業のようだ。

「いらっしゃいませ。」

お店に入ると落ち着いた感じの女性の販売員さんが一人で店番をしていた。
ショーケースを見ているとその女性が声をかけて来た。

「お客様、ありがとうございます。当店の商品をお付けいただいて・・・」

「はい。主人からプレゼントしてもらいました。」

「あの・・・もしかして坂口様でいらっしゃいますか? 」

「はい。そうです。」

「ご主人様からご依頼を承りましたのは私でございます。チェーンの長さを気にされて、セーターの上からもできるように長くしてほしいとのご要望でしたので、調節がきくようにカンを足させていただきました。とてもやさしいご主人様で。」

「そうでしたか。優しいのです。いつも、とても・・・」

「今日はご一緒ではないのですね。」

「はい、これから会いに行くのです。」

「それはよろしゅうございますね。」

素敵なお店だった。正志さんはこのお店には来ていないが、正志さんの選ぶ店だと思った。



新幹線で軽井沢から大宮、新宿経由で自宅に戻った。
静まりかえる家は居心地が悪かった。
スーツケースを取り出し荷物を作り始めた。両親の位牌や写真、正志さんとの結婚式の写真、母との思い出のウエディングドレスの写真を詰めた。
お婆様から頂いた着物の風呂敷をほどいた。せっかく頂いたのに楓の柄の色紋付にそでを通すことはなかった。
心が痛んだ。


・・・お婆様ごめんなさい・・・


着物は置いていこう、風呂敷に戻した。


・・・あと大切な物って・・・・・・


思い直して、スーツケースに詰めたものを全て出した。


・・・置いていこう、全て置いていこう・・・
・・・正志さんに会いに行くのだから荷物はいらない・・・
・・・いつもしている指輪とこのネックレスだけでいい・・・



直哉さんに手紙を書いた。

—直哉さん、お手数おかけいたしますがマンションの処分をお願いいたします。カギを同封します。マンションにある荷物も全て処分してください。それと、正志さんの遺産相続の件ですが、私は放棄いたしますのでお手続きお願いいたします。放棄する旨の同意書も同封します。これでお願いいたします。
—そして私を探さないでください。
—さようなら。
—楓


少しだけ荷物の入った小さなバッグを持ってマンションを出た。そして、近くの郵便局から直哉さん宛の手紙を出した。



・・・終わった・・・
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