空
「生きていてもいいことなんて無いです、絶対ない。私の旦那様は世界一だったんです。正志さんは私にたくさんのものをくれました。でも私は何も返せてないんです。正志さんとずっと一緒に居たい、側にいて正志さんの為に出来ることをしてあげたいんです。生きていたって何もできないし、忘れられるわけないじゃないですか。」
「忘れなくっていいじゃないか。そんな素敵な人と出会えたんだ。忘れなくていい。思い出は思い出として生きればいいんだ。」
「辛いだけじゃないですか・・・」
「辛いことを探すのではなく、いいことを何か一つひとつ探せばいいんじゃないか。」
「いいことなんて・・・」
「俺も助けられたんだよ、先代に。大好きだった女性に騙されて捨てられ、何もかもなくなって、ボロボロになった。それで俺も死に場所を探してここ大島に来た。岬でボーっとしていると先代は “おまえ、腹減ってないか? ”って声をかけてくれたんだ。それで工房に連れてこられた。何も聞かずに美味しいものを食べさせてくれて、土を運んだり、こねたり仕事を与えてくれた。そのうちに何だか土いじりが楽しくなり、見よう見まねでいろんなものを作った。先代は何も言わずに好きにさせてくれた。土をいじっているときは何もかも忘れられた。気が付いたら陶芸にはまっていた。先代に本格的に教えてくれって言ったら、やればいいって。わからないことは聞けって言ってくれた。毎日が発見で楽しかった。女のことは忘れられなかったけど、それでいいって徐々に思えるようになっていった。俺が自分の作りたいものが作れるようになった時、先代は俺に宗玄という名を付けてくれた。その時は嬉しかった。それからもひたすら陶芸に打ち込んだ。しかしある日ぽっくり先代は亡くなった。俺はショックで立ち上がれなかった。でもそんな時、島のみんなが助けてくれた。毎日食べ物を持ってきてくれたり、俺のことを心配して見に来てくれた。そんなことをしていたら渚が来た。陶芸が好きだというから置いてやった。でもあいつは陶芸よりも俺に惚れちまった。そして作るものに魂が入らなくなった。だから俺は渚に告げた。俺はお前のことを女として受け入れるつもりはないと。後は好きにしろと言った。」
「じゃあ渚さんは出ていったってことですか? 」
「それはわからない。母親の具合が悪いことは確かだから。」
「戻ってきたらどうするのですか? 」
「陶芸を真摯にやりたければ好きにすればいい。先代が俺にそうしたようにな。あとは渚次第だ。」
「・・・」
「ここ大島では自然と共に生きる。いつも天気に気を付けて空を見ていないと生活できない。しかし、季節の変化も楽しめる。景色も食べ物も、全てが変化していく。それがいいんだよ。・・・楓・・・この大島の自然と俺と共に生きないか? 」
「私と一緒に居ても先生は幸せになれない。」
「そんなことはない。俺はあんたとの生活が心地いい。楓のことが好きだ。大好きだ。」
「先生・・・」
「楓、まず約束してくれないか。もう死ぬようなことはしないって。」
「怖いんです。私好きな人が死んでしまうことが・・・みんな空のかなたに行ってしまいました・・・もう見たくないんです。それに私が生きていてもみんなに迷惑をかけるだけなんです。」
「楓、先のこと考えたって仕方ない。死は誰にでもやって来る。それが速いか遅いかだけなんだよ。誰かがいなくなっても、他の人が助けてくれる。楓だってそうだったはずだ。助けてくれた人がいるだろ。さっき楓は旦那さんに何も返せていないって言っていたがそんなことは無いと思う。楓の存在が旦那さんにとっては大切だったと思う。もし、楓が返し切れていないというならそれは誰かにしてあげればいいんだ。人はそうやって繋がっていくんだよ。誰も迷惑なんて思っていない。そういうもんなんだよ。それでもどうしても寂しくなったら空を見上げればいい。空は繋がっているから・・・みんなが見ていてくれるよ。大丈夫だから・・・とにかくその日を生きよう。ね! 」
「先生・・・私絶対に正志さんのことを忘れられません。」
「かまわない。」
「そんな私が先生のこと・・・これ以上好きになるのが怖いんです。」
「待つよ。楓がいいと言うまで俺は待つ。」
「私、陶芸の窯から出る煙を見て泣くかもしれません。」
「泣けばいい。俺が抱きしめてやる。」
「陶芸・・・やってもいいですか? 」
「好きにすればいい。ゆっくり好きな物を作ればいい。わからないことは教えてやる。」
「先生が好きな料理にあった器作りたいです。」
「そうしてくれ。それで俺にうまい料理を食わせてくれ。」
「先生・・・」
「先生は工房の中だけだ。俺の名前は宗人だ、宗人と呼んでくれ。・・・楓、俺と一緒に居ろ。」
「私は本当にここに居ていいんですか。」
「ああ、居てくれ。居てくれるだけでいい。」
「宗人さん・・・」
完