冷徹魔王将軍は召喚聖女な田舎娘を溺愛中
ザキエルは本当の意味で立ち直った訳ではなかった。
なにしろ、彼の心を苛むものは依然として状況を変えていない。
ただ、時が経つにつれ、ザキエルの頭には、ある疑問が浮かんでいた。
(ミシェルがもし生きているとしたら……なぜ、戻ってこないのだろう)
ミシェルは王太子宮に戻ってくるつもりがない。
彼女が見つからないのは、そういう彼女の意思の現れなのではないか。
そもそも、ザキエルが彼女をザイラ王国に連れてきてしまったから、彼女は崖から落ちるようなことになってしまったのだ。
いつ王宮を出るのかと、市井で暮らすのはいつからかと尋ねてきたミシェル。彼女の意向を無視して、ザキエルは彼女を三ヶ月も王太子宮に閉じ込めてしまった。
ザキエルはミシェルに、毎日のように困っていることはないかと聞いたけれども、彼女は大丈夫と微笑むばかりだった。
『しいて言うなら、待遇が手厚すぎて困っとるくらいやろうか』
『やはり困っていますか……』
『大丈夫ばい。うち、変化ば受け入るるとは得意なんです。田舎娘やけん』
そう言って笑ってくれていた。
けれども、ザキエルは本当は分かっていたのだ。
彼女は困っていることを受け入れただけであって、やはり無理をしていた。ザキエルがあまりに必死にミシェルに縋るから、優しい彼女は彼の申し出を断りきれなかっただけ。
きっと、便りがないのは、これ幸いとザキエルから離れただけのことなのだ。彼女がもし元気に生きているのだとしたら、ザキエルが彼女を探していることは、彼女にとって迷惑でしかない。
確かに、嫌な夢は見なくなった。
なにしろ、弟が何をしたとしても関係ない。一番悪いのは、ザキエル自身なのだから。疑って、悩む資格など、ザキエルには元々なかったのだ。
(一番悪いのは……俺だ。彼女をこんな目に遭わせてしまった)
そう思うと、不思議と気持ちが軽くなった。
彼の恋心はねじ切れそうで、ボロボロに擦り切れたけれども、彼が悪いのであれば、ザキエルはもう、自分以外の誰も憎まなくていい。
(彼女の無事を確認したい。それだけでいい)
一時は捜索活動もやめようかと思った。
しかし、もし仮に彼女が怪我をして動けないのであれば、助けてあげたい。ザキエルに用意できるだけの最高の治療を受けさせて、可能な限り不自由のないようにしてやりたい。
彼女がザキエルの手を不要としていたとしても、それだけはザキエルがどうしてもやりたいことで、譲れないものだった。
(……仮に彼女を見つけたとしても、もう会うべきではないのかもしれないな)
一目でいいから彼女をこの目で見たいと、ザキエルは心から願っていた。
本当は言葉を交わしたい。許してもらえるならば、あの小さな手に触れたい。
しかし、1ヶ月という捜索期間で、ザキエルはその想いをねじ伏せた。
彼はもう、彼女に自分の想いを押し付けるつもりはない。
(無事に生きていてくれたなら。そうしたら、私は彼女の前を去ろう)
ザキエルは思う。
求婚するなどと、烏滸がましいことを考えていたのがよくなかったのだ。
ザキエルは、戦うことしか脳がない、図体ばかり大きい、女性に対する配慮ができない男だ。しかも、王太子だの王兄だのと身分だけは高く、面倒くさいことこの上ない。そして、女性慣れしていないザキエルは、ミシェルがいつも優しく微笑んでいたからといって、柄にもなく舞い上がって、調子に乗ってしまった。その結果、彼女を危険な目に遭わせた。なんて申し訳ないことをしたのだろう。
ザキエルは元々、結婚をするつもりなどなかったのだ。恋人だってザキエルには無縁だ。
彼女と会う前の自分に戻るだけ。
弟夫妻がいて、側近たちがいて、戦場の仲間たちがいて、戦勝記念に国の自慢のワインを煽って、街の夜景を眺める。
『冷鉄魔王』などという呼び名がついてしまっているのはどうかと思うが、それはそれで幸せな日々ではないか。
果たして、その日もミシェルは見つからなかった。
ザキエルは夜空を見上げる。
しかし、自分の魔力によってパラパラと小雨が降り注いでおり、今日も星を見ることはできない。
(早く、夜空に星を見られる日が来るといいのだが)
そう思いながら寝台に上がったザキエルは、一筋だけ涙を落とした。
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そんなある日、捜索活動を続けるザキエルの元に、側近の一人であるヒューバートが駆け込んできた。
「ザキエル殿下! た、多分ッ、見つかりました! それらしき女性の情報が!」
ザキエルは大きく目を見開く。
そして、必死に動揺しまいと、手を固く握りしめた。
しかし、その努力も虚しく、ザキエルの近くの木に雷が落ちて、周囲から悲鳴が上がった。