冷徹魔王将軍は召喚聖女な田舎娘を溺愛中
11 一緒に居てくれる人
ミシェルは今まで、一人で山奥の家で暮らしていた。
狩りをし、山菜を採り、たまに村に行ってそれを売る日々。
いつまで続くのか。
これからどうしたいのか。
そのことをよくよく考えることもなく、ただただ毎日をすごしていた。
ただ、一つだけ、ミシェルには欲しいものがあった。
(父しゃんと母しゃんのごつ、一緒におってくるる人が欲しか)
祖母が亡くなり、一人になったミシェルは、さらにその思いを深めた。
しかし、ミシェルが住んでいるのは山奥だ。猪を見ることはあっても、人間はいない。
たまに山菜を売りに行く村の人たちはみな優しいが、あの小さな村に、ミシェルと一緒に居てくれそうな人は居なかった。
ミシェルは落ち込んだ。
しかし、彼女は田舎娘だ。狩りが上手くいかなくても、山菜が見つからなくても、雨で家の一部が壊れても、耐えるしかない。自分の力が及ばないことなのであれば、受け入れるしかないのだ。
受け入れた上で、前向きに生きていくこと。
それが田舎娘の処世術である。
だから、ミシェルは、自分の中の寂しさに目を瞑り、毎日を穏やかに過ごすことにした。
そんな中、ミシェルは聖女として召喚された。
ミシェルを呼び出した怖いおじさんたちは、「お前が聖女か。冷徹魔王ザキエルに対抗できる人物だな!」「今が活躍するときだ! あのザキエルをなんとかしろ!」と、ミシェルを戦場へと引きずりだした。
けれども、多少治癒の力があるだけのただの田舎娘であるミシェルに何ができようはずもない。
腹を立てたおじさんたちが、怖くて震えることしかできないミシェルを殴ろうとしたところで、助けてくれたのは、ザイラ王国の兵士たちだった。
「お嬢さん、ここは危ない。そこの端に隠れていなさい」
「ほら、このマントを被って!」
兵士たちは優しかった。
おじさんたちは、ミシェルの目の前で、兵士たちに切り付けられて倒れていた。同じように自分も切り付けられるのだと覚悟していたミシェルは、震えながら「なして……?」と呟く。
その疑問に、彼女を壁の端まで誘導してくれた兵士たちは、笑顔で答えてくれた。
「非戦闘員の女性に手を出すなんて、ザキエル殿下が許さないからな」
「あんたが民間人を装った暗殺者だっていうなら話は別だが」
とんでもないことを言われて、ブンブン首を振るミシェルに、兵士たちは失笑する。
兵士たちは「流れ矢に気をつけな」とミシェルを気遣うと、また戦闘が繰り広げられる場所に戻っていった。
そんな彼らの背中を見ながら、ミシェルは思った。
(ザキエル……殿下……)
きっと、優しい人なのだろう。
戦場という非日常空間で、兵士たちはとても理性的だった。そんな彼らの上に立つ人物が、酷い人物な訳がない。
そして、ミシェルのそんな予想に違わず、ザキエルは本当に心優しい人物だった。
右も左も分からない場所に召喚されたミシェルを、客人として自分の家に招いてくれた。
丁重に扱われすぎて、その煌びやかな空間にミシェルはめまいを覚えたけれども、そんな彼女をみてオロオロと慌てるザキエルは、本当に可愛らしかった。
上げ膳据え膳の贅沢な毎日に困惑していたミシェルにも、彼は優しい。
『王太子宮の客人に貧相な扱いはできないので、気にしないでください。客人であるミシェルが悩む必要はないんですよ』
彼はそう言って、ミシェルを気遣ってくれた。
それだけではなく、彼は毎日のようにミシェルに会いにきて、沢山の他愛のない話をして帰っていく。
ずっと一人で生きてきたミシェルにとって、それは本当に嬉しいことだった。
ザキエルがいない時間は、いつも使用人たちが周りにいて、ミシェルのことを構ってくれる。
(ここはきっと、天国に違いなかとよ)
彼が傍にいてくれるその時間がとても幸せで、使用人たちが構ってくれるのが嬉しくて、ミシェルはいつもニコニコ笑っていた。あまりにミシェルがずっと笑顔なので、無理をしているのではと心配されるほどだった。
けれども、ミシェルはこの嬉しい気持ちを、どう表したらいいのかよく分からなかった。特に、ザキエルに対するこの気持ちがなんなのか、ミシェルにはまだ分からない。男女のことは祖母から少しだけ習っていたけれども、近い年齢の男性というもの自体が身近なものではなかったため、どこか違う世界のおとぎ話を聞いているような感覚だったのだ。
それに、とても幸せなこのひと時は、ずっと続くものではない。流石のミシェルも、長くここにはいられないと分かっていた。なので、勇気を出してザキエルに「いつ頃からうちは王宮ん外で暮らすことになるんやろうか」と聞いてみたこともある。まさか、彼にその場で気絶されるとも思わなかったし、その後に『そんなことは言わないように』と釘を刺されるとも思っていなかったので、本当に驚いた。ミシェルが王宮を出ていかないと分かって嬉しそうにしてくれる彼の笑顔に、自分に都合のいい夢なのではないかと思ったくらいだ。
そして、ミシェルは崖から落ちて、記憶を失った。