大江戸ガーディアンズ

「それがよ……奉行所(おかみ)からは、なんの知らせもねえのよ」

ひとしきり酒を()った伊作は、今度は(たばこ)を呑むために(たもと)から、女房の小間物屋で扱っている品であろう洒落た小ぶりの巾着を取り出した。
その中には出先で吸いたい際に使う、やや短めの煙管(きせる)が入っていた。

「っ()うことはよ……八方塞がりかい」

与太は(つら)(しか)めつつ、腕を組んだ。


武家の者たちの集まりである奉行所は、町家の連中と違ってやたらと「沽券」とやらに重きを置く。

咎人(とがにん)に対してなにも手立てがないと世間に知られれば面目が立たぬゆえ、それならいっそのこととだんまりを決め込む。

つい先達(せんだっ)ても、吉原で「人探し」に駆り出されたのだが、結局のところ見つからずじまいで有耶無耶になったままだ。

また、奉行所は南北二つに分かれていて、一昔前に較べると互いの行き来もできてずいぶんと風通しが良くなったらしいが、それでもやはり手柄をめぐって(しのぎ)を削る者同士であるのに変わりはない。


「まぁ、(ところ)が吉原だかんな。
隠密の旦那っきりじゃあ、なかなか(らち)が明かねぇわな」

羅宇(らう)に雁首と吸い口を組むと、伊作は小上がりの隅にあった莨盆(たばこぼん)を手元に引き寄せた。

「さて、どうしたもんかなぁ……」

盆の上の莨入れを開け、中の刻み莨を指で(つま)んで丸めながら、伊作はぼそりとつぶやいた。


御公儀がお墨付きを与えた、ただ一つの(くるわ)・吉原へ南北の奉行所から任ぜられるのは、配下の下級役人である同心の中でも「隠密(まわ)り同心」だ。

されども、南北合わせて其々(それぞれ)百人もいるはずの同心のうち、隠密廻りは各々(おのおの)二名ずつで、南北合わせてもたったの四名しかいなかった。


こういうときこそ、同心の「子飼い()」である岡っ引きや下っ引きの「出番」だ。

「……よし来たっ」

与太が意気込んで応じた。

「おいらが仕事の休みんときに、吉原へひとっ走りしてよ、ちょいと探ってくるわ」

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