大江戸ガーディアンズ

〜其の参〜


本日もまた、和佐が畳に手を付いて身を投げ出すかのごとき勢いで平伏する。

「兄上、後生にてござりまする。
どうか、わたくしの願いをお聞き入れくだされ」

畳に額がくっついてしまうほど、和佐の頭が下がる。


だがしかし、本日もまた兄・兵馬(ひょうま)は許しはしなかった。

「何度も同じことを云わせるな。駄目なものは駄目だ」


「兄上は(ひど)うごさりまするっ。
父上は、兄上のお許しが得られさえすれば好きにするが良い、と仰せになっていると云うに……」

がばりと(おもて)を上げた和佐は、無念極まれりと唇を噛んだ。


——あの親父……
厄介ごとは全部こっちに押し付けやがって……


それもこれも、父が我が妻・志鶴に瓜二つの和佐に、嫌われたくなくて強く出られないがためである。

しかも、今の和佐には我が腹を痛めて産んだ、千晶と太郎丸と云う「切り札」もある。

ゆえに、江戸じゅうの猫の手を借りたいほどの忙しさの中であっても、南町奉行所 年番方与力・松波 多聞(たもん)はなんとか時を捻り出して、孫たちが待つ八丁堀の組屋敷(我が家)へと帰ってきた。

きっと今頃、嬉々として孫たちと遊びに興じているに相違ない。


兵馬とて、宿直(とのい)が続きようやく屋敷に戻れたと云うのに——帰ってくるなり和佐()の「これ」である。

「起っきゃがれっ、(たわ)け者っ、
おめぇみてぇな(もん)を『(おとり)』になぞ、使えるわきゃなかろうがっ」

武家言葉と町家言葉がごった煮になった怒鳴り声が響いた。

< 137 / 316 >

この作品をシェア

pagetop