大江戸ガーディアンズ
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兄にくっついて剣術(やっとう)道場に通い始めた幼き頃、和佐は本田 主税と出会った。

稽古の邪魔にならぬよう少年のごとく若衆(まげ)を結っていた和佐は「松波の跳ねっ返り」だの「松波の次男」だの「松波の女剣士」と呼ばれていた。

さような和佐をきちんと扱ってくれた唯一の人が——主税であった。


主税だけは道場のほかの者たちと違って、「女だてらに」どんどん腕を上げていく和佐を妬んだり疎んじたりすることはなかった。

美人と名高い母親譲りの涼やかで整った面持(おもも)ちをやや崩しながら微笑みつつ、「ようがんばったな」とばかりに和佐の頭に手を乗せて「ぽんぽん」と(ねぎら)ってくれた。

和佐はいつしか……淡い恋心を抱くようになっていった。


されども、親戚筋の同じ与力の御家(おいえ)であっても、和佐の松波家は代々「同心支配役」を仰せつかる「不浄役人」だった。

本田家が代々御公儀より賜る赦帳撰要方(しゃちょうせんようがた)のごとき文机に座っての「内向き」の御役目ではない。

朝から晩まで、市井の安寧がために泥臭く駆けずり回る「外向き」の御役目だ。

ゆえに、本田家が我が身を嫁に願うことなぞ、万に一つもあらぬと和佐は思っていた。

そしてどんどん育ってゆくこの恋心をしっかりと封じて、やがて父が決めるであろう御家へ愚痴一つこぼさずに嫁ぐ覚悟をしていた。


其れが、武家の御家に生まれた娘の——歩むべき道であった。

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