大江戸ガーディアンズ
「ま、待て……美鶴、早まるな」
兵馬は慌てて妻を制した。
「さすれども、巷の噂では『髪切り』とやらが狙うのは吉原の大籬の妓ばかりで、しかもその内残るは中萬字屋と久喜萬字屋の二つと聞き及んでおりまする」
美鶴は夫にきっぱりと告げた。
流石に世間を賑わす「髪切り」のことは、女中頭のおせいをはじめとする奉公人たちの噂話で知るだけでなく、組屋敷に暮らす世情に疎い武家の妻や娘たちの口の端にも上っていた。
「わたくしとて、今や奉行所とは御縁を得る身にてごさりまする。
つきましては、願ってもない此の機会に是っ非とも『御奉公』いたしとう存じまする」
「義姉上……いきなり、如何なされた」
まったく話の見えない和佐が、不思議そうに美鶴を見る。
歳は我が身の方が上だが、兄の妻である以上美鶴は「姉」であった。
与太も何が何だか訳が分からず、きょとんとしている。
「旦那さま、よろしゅうござりまするか」
美鶴は再び、兵馬に問うた。
兵馬はなにも答えず、ただ目を瞑った。
そうして、ほかの者が待つ中、懐手をしたまましばし考えを巡らせた。
やがて、ようやく目を開いた。
「——相分かった」
心なしか、兵馬の声は掠れていた。
美鶴はそれを聞いて、ひとつ肯く。
そして、和佐たちの方へ向き直った。