大江戸ガーディアンズ

与太は驚きのあまり、まったく声が出なかった。

青天霹靂、吃驚仰天、驚天動地——とは、まさにこのことだ。


だが、しかし……

『金輪際、探さなくてよいぞ。
そして……()れまで見聞きしたことは一切合切忘れろ』

と、兵馬が与太に告げたのは——

「舞ひつるが見つかった」からに相違なかった。

しかも、我が妻として(めと)っていた、ときている。

——そりゃあ、もう『探さなくてよい』っ()うわけだよな……

与太はすっかり腑に落ちた。


「あ、義姉上が……『舞ひつる』なる者……」

一方、和佐もまた目を白黒させていた。

此方(こちら)は与太と違って、すべてが「いきなりのこと」である。

何が何だか、さっぱり訳が(わか)らぬであろう。


(それがし)と美鶴の縁組は『上』がお取り決めになったことであるぞ。
よって、下々の我らが仔細なぞ知らずともよい。
おまえたち、余計な詮索はするなよ」

兵馬が妹と与太に釘を刺した。


——おいおい、勘弁しとくれよ……
なんだか、いつの間にかえれぇ(とこ)に居合わせちまってねぇか……

一介の町家でしかない与太は、心の(うち)で震え上がった。


「『上』とは……奉行所でござりまするか」

されども、武家の子女である和佐は恐れることなく食い下がった。

「いや、『御前様』だ」

渋々、兵馬が返す。
やはり、妹の方は一筋縄では行かなかった。

「えっ、まさか、青山緑町の——」

ところが、流石(さすが)の和佐もたちまち絶句した。


其処(そこ)に居を構えるのは、安芸国・広島新田(しんでん)藩の三代藩主、浅野(あさの) 近江守(おうみのかみ)である。

父・多聞と(おそ)れ多くも亡き先代——二代藩主・浅野 兵部少輔(ひょうぶしょうゆう)とが、まだ互いに若衆(まげ)を結っていた時分に剣術(やっとう)道場が同じだった(よしみ)で、長じてからも身分の差を超えて親しんだ間柄であった。

そして、舞ひつるを探していた折に「横槍」を入れて断念させた「とある大名」もまた「青山緑町の御前様」——つまり、広島新田藩の浅野近江守であった。


町家の与太にとって「お大名」なんて雲上人どころか天界の御仁だ。

ゆえに、初代の公方(くぼう)様(徳川家康)がお(まつ)りしている日光社(日光東照宮)の「見ざる・言わざる・聞かざる」の猿三匹を心に思い浮かべ、しっかりと刻みつけた。

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