大江戸ガーディアンズ

「あっ……『いてなさるなんし』」

おすては云い直した。

「初見世までには、なんとしても(さと)言葉を話せるようになる……なんし」

そして、恥ずかしそうに気まずそうに下を向く。

ぷくりとしたその頬が、ほんのりと朱に染まっている。


——『初見世』……

そのとき与太の心の臓が、ぎりり、と(きし)んだ。

息が苦しくなって、思わず着物の胸をぐしゃりと掴んだ。


「こないだは……お内儀(っか)さんから初見世のこと、いきなり云われ……なんして……
それに、内所には……なしてか、与太さもいて……おらぁ……すっかりおったまげちまった……なんし……」

見世の客に茶を供するときに使う廓言葉は、お内儀から厳しく云われて「丸覚え」していたが、平生は慣れ親しんだお故郷(くに)言葉を消そうとするあまり、どうしても訥々とした話しぶりになる。

初見世が決まった今、お内儀はお故郷言葉が一向に抜け切らぬおすてに業を煮やし、ますます厳しく当たっていた。


「だけんど……」

下に向けていた顔を、おすてはすっと上げる。

故郷(くに)から、此の吉原に出てきたあの日より……
下働きのままではおられんことも……
いつか必ず初見世が来ることも……
『女郎』になって負い目を返していく覚悟も……」

そして、おすては笑った。

「とっくの昔にできて……おりなんし」


されども、その笑顔は涙こそ出てはいまいが……

だれがどう見ても——「泣き笑い」だった。

なんだか曇天の(もと)しとしとと降りそぼる雨の方が、まるでおすての「身代わり」になって涙を流しているみたいだ。


「——おすて……」

まだ年端のいかぬ娘らしく桃の花が咲いたかのごとき「桃割れ」に結われた髪も……
見世から下働きの娘として渡された着古した木綿の小袖も……

見納めになる日は、もうすぐそこに迫っている。


やりきれない心持ちになった与太は、思わず手を差し伸ばした——

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