大江戸ガーディアンズ
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昼間はこの水茶屋で茶汲みをやっているであろう娘が、四人其々の前に置かれた肴の膳の傍らに盃台と酒器を置くと、一礼して座敷から下がっていく。
襖がすーっと閉められ、娘の足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
「まんまと中萬字屋へ入られおって……」
南町奉行所 年番方与力・松波 多聞は右隣に座す壮年の男を苦々しげに見た。
「『北町』は一体なにしてやがんだか」
「もうまもなく中萬字屋へ隠密廻りの同心を潜ませると云う矢先であった。無念極まりない。
されど、言葉を返すようでござるが……」
北町奉行所 年番方与力・佐久間 帯刀は返す刀で左隣に座す多聞を睨んだ。
「先達て丁子屋に入られた月の当番は、確か『南町』ではなかったか」
年番方与力とは、南北の奉行所で其々たったの一人しかおらぬ、御奉行の補佐をしながら与力・同心の総元締めも果たすと云う、誉れ高き御役目である。
代々、北町は佐久間家、そして南町は松波家が担ってきた。
「父上、伯父上……『御前様』の前でござるゆえ」
入り口に近い左端に座す松波 兵馬が、二人を宥める。
佐久間 帯刀は母・志鶴の兄であるがゆえ、兵馬にとっては伯父にあたる。
同じ歳に生まれついた多聞と佐久間は、若い頃からなにかと張り合ってきた。
それは「義理の兄弟」になってからも、さほど変わることがない。
「まぁ、今宵は無礼講と云うか、何事も忌憚なく話し合う場であるがゆえ、一向に構わぬがな」
床の間を背に正面に座す、多聞や佐久間より少し歳若い御前様——広島新田藩 三代藩主・浅野 近江守は鷹揚に告げると、目の前の盃を手にして、くっと煽った。
それを「合図」に他の三人が各々盃を左手に取った。
いくら「無礼講」といえども、諸藩の大名である近江守より先に酒を呑むことはできない。
ちなみに、武家の男は必ず盃を左で持つ。
右手はいつ何時賊が襲いかかってきたとてすぐさま抜刀できるよう、空けておくのだ。
昼間はこの水茶屋で茶汲みをやっているであろう娘が、四人其々の前に置かれた肴の膳の傍らに盃台と酒器を置くと、一礼して座敷から下がっていく。
襖がすーっと閉められ、娘の足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
「まんまと中萬字屋へ入られおって……」
南町奉行所 年番方与力・松波 多聞は右隣に座す壮年の男を苦々しげに見た。
「『北町』は一体なにしてやがんだか」
「もうまもなく中萬字屋へ隠密廻りの同心を潜ませると云う矢先であった。無念極まりない。
されど、言葉を返すようでござるが……」
北町奉行所 年番方与力・佐久間 帯刀は返す刀で左隣に座す多聞を睨んだ。
「先達て丁子屋に入られた月の当番は、確か『南町』ではなかったか」
年番方与力とは、南北の奉行所で其々たったの一人しかおらぬ、御奉行の補佐をしながら与力・同心の総元締めも果たすと云う、誉れ高き御役目である。
代々、北町は佐久間家、そして南町は松波家が担ってきた。
「父上、伯父上……『御前様』の前でござるゆえ」
入り口に近い左端に座す松波 兵馬が、二人を宥める。
佐久間 帯刀は母・志鶴の兄であるがゆえ、兵馬にとっては伯父にあたる。
同じ歳に生まれついた多聞と佐久間は、若い頃からなにかと張り合ってきた。
それは「義理の兄弟」になってからも、さほど変わることがない。
「まぁ、今宵は無礼講と云うか、何事も忌憚なく話し合う場であるがゆえ、一向に構わぬがな」
床の間を背に正面に座す、多聞や佐久間より少し歳若い御前様——広島新田藩 三代藩主・浅野 近江守は鷹揚に告げると、目の前の盃を手にして、くっと煽った。
それを「合図」に他の三人が各々盃を左手に取った。
いくら「無礼講」といえども、諸藩の大名である近江守より先に酒を呑むことはできない。
ちなみに、武家の男は必ず盃を左で持つ。
右手はいつ何時賊が襲いかかってきたとてすぐさま抜刀できるよう、空けておくのだ。