大江戸ガーディアンズ

「それにしても、先日の中萬字屋の件でござるが……なにゆえ申し出が遅れたのか」

髪切りが中萬字屋に現れたのは望月(満月)の夜だと云うのに、()れが北町の奉行所に伝わったのは次の日の昼過ぎであった。


多聞に痛い(ところ)を突かれた佐久間の眉間に、ぐっと皺が寄る。

「中萬字屋で髪を切られたのが『吉原一の御髪(みぐし)』で鳴らしてきた(おんな)であったと聞いておる。
その夜、いきなり自慢の『商売道具』を台無しにされた妓は、あまりのことに気が動転し、見世の者には何も云えぬまま、自分の部屋にすっこんで夜具をかぶってずっと泣いておったそうだ。
(あく)る日になり、そろそろ夜見世の支度をする頃になっても一向に出てこぬゆえ、痺れを切らしたお内儀(かみ)が妓の部屋に無理矢理入っていって、妓がかぶっていた夜具を引っぺ返したらしい。
そしたら、見るも無惨な河童のごとき頭になってるじゃないか。
それで、慌てて奉行所に知らせてきた——と云う仔細(しさい)でござる」

「よりによって、髪が御自慢の妓の髪をばっさり切っちまうとは、そいつぁ……(ひで)ぇ話だな」

流石(さすが)の多聞も言葉を失くす。


「髪は『おなごの命』と云うに……
あいつらときたら……ばっさりぶった斬られてから嘆き悲しんだって遅いってんだ……」

近江守の空いた盃に酒を注いで兵馬が、ぼそりとつぶやいた。

絶対に外に知られてはならぬ話ゆえ、酒が足りなくなったときだけ店の者に持ってきてもらうようにした。

ゆえに、この場で一番年少の兵馬が銚子を手に回ることになる。

与力の御家に「御曹司」として生を受け、上げ膳据え膳の暮らしをしてはいるが、元服を終えて奉行所に見習いとして入ってすぐに「下っ端」として一通りの「使いっ走り」はさせられていた。

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