大江戸ガーディアンズ

「御前様こそ、此度は我ら江戸奉行所に対し、格別の御配慮を賜り恐縮至極にてござりまする」

佐久間がさように告げて低頭する。

松波父子もそれに(なら)う。

多聞と(おそ)れ多くも亡き先代の二代藩主・浅野 兵部少輔(ひょうぶしょうゆう)が生前に身分の差を超えて親しんだ間柄であった(えにし)と、今の三代藩主・近江守が吉原で贔屓にしている娼方(あいかた)が久喜萬字屋の羽衣であることから、此度の運びと相成(あいな)った。


「いや、久方ぶりに羽衣に会えるゆえ、わしの方が役得であるな」

朗らかに近江守が破顔した。


「——しからば、御前様が久喜萬字屋にお登楼(あが)りになる際のことにてござりまする」

御役目に関わる話となり、多聞の物云いが武家の其れに改まった。

「『次期藩主』を伴って、と云うことでよろしゅうござりまするか」


近江守が、初めての客を連れて久喜萬字屋へ登楼(あが)る。
しかも、其れは広島新田藩の次代を担う「御曹司」だ。

「髪切り」を(おび)き寄せる呼び水としたい——奉行所の「戦法」であった。


此れまで「髪切り」は、吉原の大見世にいる(おんな)ばかりを襲ってきた。

それも、忍び込みやすい一階(した)の廻し部屋にいる「女郎」ではなく、限られた者しか入れぬ二階(うえ)の座敷持ちの「遊女」の髪ばかりをぶった斬ってきた。

なにゆえ、天下の吉原の大籬(おおまがき)にいる遊女ばかりを派手に襲うのか……

——「髪切り」の(はかりごと)は皆目わからぬ。

されど、「髪切り」の狙いがたった五つしかない吉原の大籬であるのならば……

残るはあと一つ——久喜萬字屋だけだ。


「さすれども……(それがし)の覚えでは、
確か粂之助(くめのすけ)様はまだ元服前でござろうかと」

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