大江戸ガーディアンズ

〜其の参〜


美鶴が「舞ひ(まい)つる」として久喜萬字屋に戻ってきて、早くも月が一回りと少し経った。

だが、しかし——

(いま)だ『髪切り』なる者が、この見世に姿を現したことはなかった。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


(くるわ)の中が一日のうちで一番(いっち)落ち着く昼下がり、二階の座敷に三者の唄声とお三味(しゃみ)を奏でる音が響く。

〽︎ 忍ぶ恋路はァ さてはかなさよォ …

ベベン、と三者のお三味が重なる。

〽︎今度逢ふのが命掛けェ 汚す涙の白粉もォ…

吉原の苦界に生きる女の、道ならぬ恋への切なさを歌う端唄(はうた)だ。

〽︎その顔かくす無理な酒ェ……

三者がベベンベンベン、と(ばち)を打つ。


だが——

そのうちの一(さお)()が、わずかにずれた。

美鶴の表情(かお)(かす)かに歪む。

隣に並ぶ羽衣は、師匠の染丸(そめまる)の音色に合わせて寸分違わず弾いていたため、涼しい顔をしている。


「……舞ひつる」

気風(きっぷ)の良い辰巳芸者上がりの染丸姐さんが、ぎろりと睨む。

「おまえさん、相も変わらずまた失敗(しく)じったね」

そのとたん、美鶴の表情が盛大に歪んだ。


——まさか、再びかような「憂き目」に逢うとは……


唄の方はまだ良かった。
むしろ、姉女郎の羽衣よりも得手としていて、舞の次に好んでいたのだ。

どうにもこうにも、不得手だったのがお三味だ。

右手(めて)の撥の当て方に気を取られると、左手(ゆんで)の棹の勘所(つぼ)咄嗟(とっさ)に押さえられず、今度は左手の勘所に気を()ると、右手の撥がお留守になってござんす、と染丸からぴしゃりとやられた。

——同じ両の手を使う箏であれども、かようにまではならなかったと云うに……

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