大江戸ガーディアンズ
「熊野筆なるものは、初めて耳にするなんし……」
手にした筆の毛先を手の甲に滑らせて、具合を確かめてみる。
「あれ、まぁ、なんという……」
美鶴はかつて吉原の遊女の最高峰「呼出」を目指し、歌舞音曲のみならず、その道を極める者から古今の和漢書の手ほどきも受けていた。
ゆえに、それなりの筆と出会ってきたつもりだ。
——されど、この毛のなんとも云えぬ手触りは……
ただ「毛がやわらかい」のではない。
手の甲をなめらかに通り過ぎていく中に、しっかりと「毛の強さ」も感じられるのだ。
「——『しなやか』なんし」
彦左は笑みを深めた。
「この筆を作ってる村は、山間で平らな処が少ねぇらしくって、上方へ出稼ぎに行くことが多いんだってよ。
そいでもって、帰るときに京や大和国とかで買ってきた墨やら筆やらを売ってたらしいんだけどさ。
そのうち、自分たちも筆なら作れるんじゃねぇかって思うようになってさ、
試行錯誤の末にとうとう作れるようになった、っ云う話だ」
「彦左にその村との伝手がありんすか」
彦左は首を左右に振った。
「いいや、化粧師の仕事で見っけた小間物屋が伝手を持ってんだ」
「あぁ、それが三ノ輪の小間物屋でなんしかえ」
先刻、羽おりたちが話していたことと繋がった。
「本当は、これらを吉原まで持ってくるだけでも手間なんだけどさ」
ずらりと並んだ小間物をちらりと見つつ、彦左はぼやいた。
されど、かように話しているうちにも、次から次へと手が伸びて取られていく。
「……一本、おくれでなんし」
美鶴は帯に挟んだ紙入れを出しながら云った。
上質の筆であらば、姑の志鶴への良い「土産」となるであろう。
志鶴の流麗な美しい文字を心に思い浮かべる。
「毎度あり」
彦左が本日一番の笑顔になった。