大江戸ガーディアンズ
階下の内所は、先刻までさまざまな小間物が処狭しと並べらていたのが嘘のように、綺麗さっぱり片されていた。
「……あぁ、舞ひつる、来たね」
いつものように莨盆の前で紫煙を燻らせるお内儀がいた。
「先刻はなにか良い物が買えたかい」
「姑に良き筆を買うことができてなんし」
美鶴がさように答えると、
「なんだそりゃ。……まさか、御武家で肩身の狭い思いしてんじゃないだろね」
おつたは般若のごとき形相になった。
「おまえさんのことは、今際のきわの胡蝶から頼まれて、天塩にかけて育ててきた娘みてぇなもんだってのに……
うちの息子の嫁にって考えたこともあるってくらいなのに……
御武家なんぞに横からかっ攫われちまってさ」
美鶴はこの見世からいきなり着のみ着のまま駕籠に乗せられ、そのまま武家屋敷へと連れて行かれた。
おつたとは、今回の「囮」のことでもない限りそれっきりもう二度と会えなかったかもしれないのだ。
「お内儀さん、心配無用でありんす。
向こうでは、もったいないくらい大事にされてるなんし」
おつたを安心させたくて、美鶴は穏やかに微笑んだ。
「まぁ……うちに登楼る青山緑町の御前様の『御曹司』のお顔を見りゃあお察しだけどねぇ」
おつたはさも愉快げに、くくっと笑った。
「辰吉親分の孫の岡っ引きを介して、松波様を煽った甲斐があったってことさ」
「お内儀さん、そないなことをしていなんしたのかえ」
美鶴の驚く声に、おつたはますます笑いが止まらない。
「——ところでさ」
ひとしきり笑ったあと、おつたは真顔になった。
此処からが本題なのだ、と美鶴は察した。
「今夜が望月の日なんだよ」