大江戸ガーディアンズ

吉原の大籬(おおまがき)の遊女の髪ばかりを狙う「髪切り」なる者は、いずれも決まって「望月(満月)の夜」に出没していた。

真っ暗闇の新月ならともかく、よりによって月の光が一番輝くその夜に「髪切り」は本懐を遂げるどころか、まんまと逃げおおせてもいたのだ。

奉行所は情けないことに、南北ともに其々(それぞれ)の月当番の折にしてやられていた。


今となっては、たった一つだけ難を逃れてきた久喜萬字屋。

果たして「髪切り」が此の最後の一つに入るかどうか——

勝手気ままにあることないこと書き散らした讀賣(よみうり)が、往来で飛ぶように売れている。

町家の者の中には、奉行所を出し抜き続ける「髪切り」のことが痛快に思えるのか、褒め(たた)える(やから)まで出てくる始末だ。

いずれにしても、南北の奉行所にとっては由々しき有様である。


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隅田川(大川)を経て山谷堀を通ってきた猪牙舟(ちょきぶね)から、松波 兵馬(ひょうま)はひらり、と見返り柳の岸辺に降り立った。

姿勢を正して大小の刀をしっかりと手挟むと、お歯黒どぶの流れる跳ね橋を渡り、吉原唯一の出入り口・大門を(くぐ)り抜ける。


そして、左手に見える御公儀が陣取る面番所の前に立った。

平生は隠密廻りの同心や岡っ引きなどの御用聞き(手下)が詰めている(ところ)だ。

勝手知ったる(さま)にて油障子をがらり、と開ける。


「——今宵がいよいよ望月だが……久喜萬字屋ではどんな様子でぃ」

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