大江戸ガーディアンズ

振袖新造(振新)は将来、呼出(花魁)になるための登竜門である。

「振新」になれなければ「呼出」は目指せない。


目指す「呼出」は、ただ男に身体(からだ)を売るだけが商売ではない。

御公儀(江戸幕府)のお偉方に諸国の大名、或いはお武家の威厳を脅かすほどの財を持つ大店(おおだな)の主人たちを、まるで至上の楽園——桃源郷に(いざな)うかのごとく遊ばせるのだ。

宴で楽しませるための歌舞音曲はもちろん、座を盛り上げるための気の利いた洒落っ気のある狂歌・川柳、それから客の話に登った折には「知らぬ存ぜぬ」では済まされぬゆえ、我が国だけでなく(もろこし)(中国)の古典の書にも精通せねばならない。

そして、相手がご無沙汰の際には寂しさを訴えて書き送る、流れるような美しき字をものす。

その道の第一人者たちから、それらをみっちりと仕込まれた子のみが晴れて「振袖新造(ふりしん)」として見世に出されるのだ。


されど、「振新」として見世に出るようになってからも精進の日々は続く。

まだ客を取らぬ代わりに「呼出」の姉女郎に付いて客との遣り取りの中で手練手管を学び、来るべき客を取る初日——「初見世」に備えるのだ。

(ちまた)では、振新の「初物」をいただくと不老長寿につながると云われているゆえ、いきなり上客の御大尽を相手に満足させねばならぬため、相当つらく厳しい鍛錬が待っていた。


されども、(くるわ)言葉どころか秩父の故郷の方言(おくにことば)さえ抜けぬおすてには、荷が勝ち過ぎた。

たった数日で根を上げたため、振新への道は敢えなく(つい)えた。

おすては、ただの女郎として売り出されることになり、初潮が来るまでは廓の下働きをすることと相成(あいな)った。

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