大江戸ガーディアンズ

「……だけんど、おらの……いや、わっちの『主さん』には好いた人がいなさる……なんし」


羽風の「娼方」は、広島新田藩の大名に仕えている藩士らしい。
此度、若様が初登楼するにあたって半ば無理矢理連れてこられたそうだ。

国許(くにもと)にいるのか、詳しいことは知らないが……

とにかくその好いた人に義理立てしているから、初会の日にいきなり「床入り」はしないときっぱりと云われた。


「好いた人がいるんなら……そん人と……」

その刹那、なぜかいきなり与太の顔がぶわっと浮かんできた。

するとすぐさま、羽風——おすての胸が……
ぎりりいっ、と音を立てた。

——おらぁ何考えてんだんべぇ。
与太さみてぇなお天道(てんと)さまの真下を歩く人に、おらみてぇな日陰しか歩けねぇ(もん)が……


されど、さように思えば思うほど……
鼻の奥がつーんとして、みるみる間に涙が込み上ってくる。

——せっかく彦左がおらの「初見世」んために綺麗にしてくれてるってのに……

されども、溢れてきた涙で目が霞みだしてどうすることもできない。


おすてだって……

もし、江戸の町家の娘であったなら——

いや、秩父の百姓家の子だくさんの娘の一人でもいい——

こんな……吉原の(くるわ)なんかに売っぱらわれた(おんな)でなければ——


だが、「おすて」はもう「羽風」になったのだ。

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