大江戸ガーディアンズ
振袖新造の道を絶たれた「ただの女郎」は、初めから「部屋持ち」になれない。
つまり、二階にある個室が与えられないため、一階の「廻し部屋」という大部屋で客を取ることになる。
同じ部屋の中に仕切られた屏風の向こう側では、別の女郎が別の客を相手にしている。
店先に設けられた格子のある張見世に座って、通りに向かって客引きをせねば客はつかない。
さらに、巷で語られる客が「初会」「裏」「三会」と三度通って「馴染み」にならないと「床入れ」できないと云うのは、二階の「遊女」たちの話である。
どんなに同じ見世で働いていようが「遊女」と「女郎」は違う。
一階の廻し部屋の安い「女郎」たちはたとえ初会であろうと、容易く身体をひらく。
そして、客は決まった刻が過ぎれば帰らされるため、女郎はまた張見世に出ねばならぬ。
ゆえに、一晩で何人もの客を相手にした。
それは、いくら久喜萬字屋のごとき大見世であろうと同じだ。
安価な客は数で稼がねば、いくら大見世でもやっていけないのだ。
ゆえに、大見世であればあるほど女郎は「捨て駒」だ。
それが厭なのであらば、二階へ上がって部屋を持つ「遊女」にのし上がるしかない。
おすてとて、一刻も早く親が受け取った金子に高利を乗せて、文字どおり我が身一つで返していかねばならぬ。
下働きでいるうちにも、負い目はどんどん嵩んでいるのだ。
初潮が来れば——
いよいよ、十年に及ぶ「年季奉公」が始まる。