大江戸ガーディアンズ

「おい、美鶴。あいつのことは知ってるのか」

顔は部屋の中に残したまま、廊下に出た美鶴に背中で聞く。

「『子ども屋』に預けられた頃より存じておりまする」

「……ってぇことは、母親は(くるわ)(おんな)か」

「父親は武家であったとは聞いておりまするが、だれかは存じませぬ」


義姉上(あねうえ)、確かあの者から筆を買うてござったのでは……」

この中で、彦左から物を買ったのは美鶴だけだった。

「熊野筆と云う、たいそう良うできた筆でござりまする。山間(やまあい)の土地で上方へ出稼ぎする者が多いと申しておったゆえ、熊野(もう)での辺りの名産でござりましょうか」


「『熊野筆』だと……」

近江守が顔色を変えた。

「我が芸州で作られている筆ではないか。
手間が掛かるゆえ量が少なく、江戸ではほとんど見かけたことがないぞ」

「えっ、彦左は三ノ輪の小間物屋から仕入れておると……」
「『三ノ輪の小間物屋』だと」

兵馬が美鶴の言葉を遮る。

「岡っ引きの伊作の女房の店も、三ノ輪の小間物屋だぜ。
以前、歳の離れた女房がいると申しておったな……名前は確か……」


「——おかよ、ではあるまいか」

近江守がぼそりとつぶやく。

皆の目が近江守に集まった。

< 228 / 316 >

この作品をシェア

pagetop