大江戸ガーディアンズ
「おい、美鶴。あいつのことは知ってるのか」
顔は部屋の中に残したまま、廊下に出た美鶴に背中で聞く。
「『子ども屋』に預けられた頃より存じておりまする」
「……ってぇことは、母親は廓の妓か」
「父親は武家であったとは聞いておりまするが、だれかは存じませぬ」
「義姉上、確かあの者から筆を買うてござったのでは……」
この中で、彦左から物を買ったのは美鶴だけだった。
「熊野筆と云う、たいそう良うできた筆でござりまする。山間の土地で上方へ出稼ぎする者が多いと申しておったゆえ、熊野詣での辺りの名産でござりましょうか」
「『熊野筆』だと……」
近江守が顔色を変えた。
「我が芸州で作られている筆ではないか。
手間が掛かるゆえ量が少なく、江戸ではほとんど見かけたことがないぞ」
「えっ、彦左は三ノ輪の小間物屋から仕入れておると……」
「『三ノ輪の小間物屋』だと」
兵馬が美鶴の言葉を遮る。
「岡っ引きの伊作の女房の店も、三ノ輪の小間物屋だぜ。
以前、歳の離れた女房がいると申しておったな……名前は確か……」
「——おかよ、ではあるまいか」
近江守がぼそりとつぶやく。
皆の目が近江守に集まった。