大江戸ガーディアンズ
そして今、二人並んで物干しに洗い物を干しながら、おのれの名について語っていた。
「おらぁ、見世さ出れるようになったら、良さげな名さ付けてもらうんでぇ……あっ、えーっと……付けてもらう『なんし』」
おすてにとっては、女郎になるせめてもの「救い」が「名を変える」ことであった。
さらに、来るべき初見世に備えて「廓言葉」を身につけるべく、日々精進していた。
吉原の廓の大見世には独特の云い回しがある。
部屋持ちの遊女にしても廻り部屋の女郎にしても、中見世や小見世と違い十把一絡げに「ありんす」言葉など、ほぼ使わない。
また、それぞれの見世で語尾につける言葉が異なり、松葉屋は「おす」、扇屋は「だんす」、丁字屋は「ざんす」、中萬字屋は「まし」、そして久喜萬字屋が「なんし」と徹底されている。
客に「ほかとは違う特別な見世」と思い込ませて浮かれさせるのが狙いだ。
されど、かようなこととは別に、女郎が逃げ出した際に「廓言葉」でお廓を知れさせるためでもあった。
もし、女郎が懇ろになった客と吉原の大門の外へ逃げようものならば、たとえ裏長屋の片隅で「廓言葉」を一度でも使えば、追っ手が血眼なって飛んできた。
女郎たちは吉原に売られた際に、話す言葉までも売られていたのだ。