大江戸ガーディアンズ

彦左は冷ややかに与太を見据えた。

(あに)さん、おすてはもうじき見世に出なきゃならねぇ身の上でござんす。
こんな(とこ)で男とくっちゃべってんのを他所(よそ)(もん)に見られでもすりゃぁ、おすての『値打ち』がすっかり下がっちまいやす。
したら、今まで大事(でぇーじ)に育ててきた久喜萬字屋(うち)にとっちゃぁ、たまったもんじゃねぇんでさ」

低くて渋い声での物云いによって、いかにも「用心棒」と云う風情(ふぜい)だ。


華やかな(くるわ)らしく、おすての髪はまるで桃の花が咲いたかのごとき「桃割れ」に結われてはいるものの、その身にはいくらでも汚れていいようにと着古した木綿の小袖が着せられていた。

その上で、朝から晩までさんざん下働きをさせられているのだ。

——ふん、なぁにが『大事(でぇーじ)に育ててきた』ってんだ。

と、与太は思わずにはいられなかった。


「せめて初見世ぐれぇ、こいつにもそれなりの値がついてもらわねぇと、負い目がどんどん(かさ)むばっかで商売(しょうべぇ)上がったりでやんす」

見世に出る前に「虫」が付いていると思われては、おすてがすでに「初花」を散らしたのではないかと疑われかねないからだ。

さすれば、たとえ正真正銘の「初物」であったとしても、値がどーんと下がってしまう。


かように与太を相手に凄んでいる彦左であるが、別に久喜萬字屋で用心棒を生業(なりわい)としているわけではない。

彦左は、(くるわ)で遊女・女郎・芸者などの(おんな)たちに化粧(けわい)や着物の着付けなどを(ほどこ)す「男衆(おとこし)」を目指して、日々修業に励んでいた。

その(かたわ)らで「女所帯」の久喜萬字屋の「男手」として雑事もやっている。

ゆえに、「苦界(くがい)」と呼ばれる吉原に生を受けてどっぷり浸かって育ってきたにもかかわらず、彦左は至極真っ当な道を歩んでいた。


「さ、おすて……見世に戻るぜ」

彦左は裏口の方へ、くい、と顎を(しゃく)った。

おすては弾かれたようにそちらへ身体(からだ)を向けた。

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