大江戸ガーディアンズ

すでに、久喜萬字屋と同じ大籬を(ゆる)されている松葉屋と扇屋の(おんな)が、髪切りの魔の手に掛かっていた。

しかも、いずれも女郎ではなく部屋持ちの「遊女」だった。

たとえ何処(どこ)のだれであろうと、(なか)に入らば蟻の子一匹逃さず目を配るのが吉原だと云うのに、大事な遊女の、よりにもよって「命」とも呼べる黒髪を、ばっさり切られてしまうとは——

松葉屋も扇屋も「大籬」としての面目が丸潰れだ。


(あに)さんが……そいつを聞いてどうなさるんでぇ」

彦左はますます訝しげな面持(おもも)ちになった。

「彦左っ、与太さは伊作親分さの下で『御用向き』をしてなさる『岡っ引き』なんよ」

おすてが、あわてて彦左をとりなす。

実は岡っ引きではなく、その手下の「下っ引き」なのだが、与太は云わずに黙っておく。

「ほれっ、振袖新造(ふりしん)舞ひ(まい)つる(ねえ)さが、ある日ばったり行方知れずになっちまっただいねぇ。
見世のお内儀(っか)さんは『舞ひつるは、ちょいと具合を悪うしちまって、養生のためにしばらく余所(よそ)へやってる』っ()うなぁ、舞ひつる姐さんが具合悪うしたら見世の(もん)がだれか気づかぁねえけぇ。
彦左は気づいたかさぁ。
おらぁ、ちーっとも気づかんかったでぇ。
与太さはそいつを調べなすってて、おらに話を聞きに来なすったんだべぇ」

すると、彦左の顔つきが変わった。

「舞ひつるの……」


彦左と舞ひつるは、どちらも久喜萬字屋で遊女だった(おんな)の子として此処(ここ)吉原に生まれた。

さような子たちは、生まれて間もなく母親とは引き離されて、同じ吉原の中にある「子ども屋」に預けられる。

二人は十歳(とお)近くまで其処(そこ)で育ち、また久喜萬字屋へと戻された。

そののち、舞ひつるは「呼出」だった母譲りの美しさゆえに振袖新造となり、彦左は化粧師(けわいし)や着付師を目指して男衆(おとこし)の見習いとなった。


「いったい、舞ひつるは何処へ行っちまいやがったんだ……」

彦左はぽつり、とつぶやいた。

行く(みち)はくっきりと分かれたとは云え「兄妹」のごとく育ったのだ。


与太は首を左右に振った。

「ある(とこ)までは探ったんだがなぁ。
上からのお達しで……行き詰まっちまってよ」

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