大江戸ガーディアンズ

兵馬は左手に持った盃をくいっと上げた。

武家の男は極力右手は使わぬ。
いつ何時襲われても、すぐに抜刀できるようにとの心得からだ。
右手は刀を使うためにある。


「……それでは、旦那さま。
わたくしは()れにて失礼(つかまつ)りまする」

美鶴は兵馬に一献だけ酌をすると、平伏して立ち上がった。

振り向きざま、鶯茶(うぐいすちゃ)色の小袖の上に羽織(はお)った 紅鼠(べにねず)色の打掛がはらり、と(ひるがえ)る。


「美鶴」

兵馬は妻の名を呼んだ。

振り返った美鶴が、まだなにか御用でも、と首を(かし)いだ。

(まげ)に結った髪に剃り落とした眉、そしてお歯黒をつけたその(なり)は、すっかり「人妻」の()れであった。

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