大江戸ガーディアンズ

さらに、与太には「もう一つの顔」があった。

与太の家は祖父の代から町火消し「一番組・は組」の頭取なのだが、祖父・辰吉(たつきち)は、家業の「火消しの(とび)」だけでなく奉行所(おかみ)の「御用聞き(手先)」となって動く「岡っ引き」もしていた。

奉行所から咎人(とがにん)捕縛のための十手を使うことを(ゆる)された、いわゆる「十手持ち」である。

辰吉はとっくの昔に鬼籍に入ってしまったが、与太にとっての憧れであることに変わりはない。

なので、家業に励みつつもその合間に祖父の「手下」であった伊作(いさく)(もと)へ行き、見習いの「下っ引き」として手伝っていた。


されども、与太の(てて)親である甚八(じんぱち)は、辰吉のような岡っ引きを毛嫌いし、家業に専念していた。

それには仔細があった。

町家の衆である岡っ引きや下っ引きは、武家の者たちから成る奉行所に雇われているわけではなく、またなにか厄介ごとが起きた際に呼び出されるだけで、しょっちゅう御用があるわけでもなかった。

ゆえに、給金は貧乏所帯の奉行所の同心からの心付け程度でほんの雀の涙しかなく、ほかになにか仕事をして糊口を凌がなくてはならなかった。


だが、与太は父の猛反対を押し切って祖父の道へ進んだ。

いずれは憧れの祖父のごとき岡っ引きになりたい、と心底思っている。

与太にとってはむしろ、そちらの方が「本職」だった。


実は、火消しの鳶は岡っ引きにとっても格好の仕事だった。

咎人探しの折に、だれよりも夜目が利いて高所を自在に歩けるのは、火消しの鳶だからこそ身につけられた「技」である。

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