大江戸ガーディアンズ

武家では夫と妻とは寝間が別である。

ゆえに、その夜夫から同衾するよう申しつけられた妻が夫の寝間へ赴き、事が済めば夜が明ける前に我が身の寝間に戻る、と云うのが常であった。

つまり、夫の方が妻に告げぬ限り同衾することはないのだ。

にもかかわらず、兵馬は(おの)ずから美鶴の寝間に行こうとしていた。


祝言を挙げて一年ほど経った今でも、(いま)だ子はない。

それもそのはず——これまで二人が(ねや)を共にしたのはたったの一度、しかも初夜だけであった。

その夜妻となった美鶴を、兵馬はまるで手篭(てご)めにするかのごとく手荒く抱いてしまった。

まだ夜も明けぬうちに兵馬に呼び出され、寝屋に入った年嵩の女中頭は声を失った。

真っ白な羽二重の夜具には、花嫁の破瓜(はか)(あかし)である鮮血がべっとりと付いていた。

兵馬にしてみれば、閨の間で美鶴が他の男の名を呼んだゆえであったのだが——


さすれども、それには決して表沙汰にはできぬ仔細(しさい)があった。

それゆえの行き違いだったのだが、その(わだかま)りを解いた際に、兵馬は美鶴に約束した。

『そなたに、三年の猶予を与える』

そして、三年経てばこのまま妻女のままでいても良いし、他の者の(もと)に嫁ぎたければ去り状(離縁状)を(したた)める、とまで告げてしまった。

兵馬としては、生娘だった美鶴に無体を働いてしまったせめてもの(つぐな)いのつもりであった。


とは云え……今となっては、なぜあのとき、そのようなことまで云ってしまったのか……

されども、それこそ今となっては——あとの祭りである。

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