大江戸ガーディアンズ
だが、しかし——
「……いや、何もあらぬ。もう下がってよい」
兵馬は妻から目を逸らした。
そして再び盃を持つと、くいっと呷った。
「さようでござりまするか」
美鶴は腑に落ちぬ面持ちとなるが、夫が『もう下がってよい』と云うのなら従わざるを得ない。
「……それでは旦那さま、お寝みなされませ」
美鶴は一礼したのち、今度こそ夫の部屋から辞去した。
妻の姿が見えなくなったあと、兵馬は傍らに置いた脇息に倒れ込むように蹲り、全身から「はあぁーっ」とため息を吐いた。
「美鶴の部屋が、おれの部屋から遠過ぎんのがいけねえ。
父上と母上の部屋はどういうわけか、隣り合わせっ云うってんのによ」
兵馬は手前の意気地のなさを棚に上げ、明後日の方を向いてごちった。
すると、そのとき……
「松波様……与太でやんす。
ちょいとばっか、よろしゅうござんすか」
縁側の向こうにある庭先から、抑えた声が聞こえてきた。