大江戸ガーディアンズ
兵馬は直ちに面を上げて身を引き締めた。
市井の者にかような姿を見られては、武士の沽券に関わる。
幸い、妻が辞する際に障子をきちっと閉めてくれていたため、情けない姿を曝すことはなかった。
「おう、与太か。構いやしねぇから、入ってくんな」
兵馬は縁側に上がってくるよう、与太に促した。
即座に「へぇ」と応じる声がして、しばらくするとすーっと障子が開いた。
「松波様、夜分だっ云うのに藪から棒に恐れ入りやす」
障子の向こうから、膝を合わせて正座した与太がおずおずと顔を出した。
「おい……もしかして『髪切り』の、なにか手掛かりを掴んだっ云うことかい」
兵馬は身を乗り出すようにして、与太に尋ねた。
知らず識らず、その目には鋭い光が宿っていた。
「い、いや……今日参ったのは、そないなことじゃねえんでさ」
与太はあわてて両手を左右に振った。
残念ながら「髪切り」に関しては、相変わらずの梨の礫だった。
「実は……『北町』の同心の旦那から、妙なことを持ちかけられやして……」
「北町の同心がおめぇにかよ」
兵馬が訝しげな面持ちになる。
「そんで『妙なこと』って、何だってんだ」
「それが……」
与太は云い淀みながらも、意を決して告げた。
「『北町の方の手先もやってみぬか』と誘われちまいまして……」