大江戸ガーディアンズ

「……なんだと」

兵馬の声がおのずと荒くなる。

「北町の同心は、おめえがすでに南町の手先だと知って云ってやがんのか」

「へぇ、おいらが町火消し伝馬町・は組に属す、鳶の与太っ()うことも、知っておいででござんした」

岡っ引きにしても下っ引きにしても、北町奉行所か(ある)いは南町奉行所かどちらかの同心の下で「手先」となるのが暗黙の「(おきて)」だった。

一体(いってぇ)何処(どこ)のどいつだってんだ。その掟破りの北町の同心ってのはよっ」

「へぇ、島村様という名でやす」

その名を聞いて、兵馬の勢いが潮が引くように削がれていった。


「……通り名は、何と申す」

奉行所での御役目といえども町家の者を相手にする町方役人は、心を開かせるために敢えて砕けた物云いをしている。

ところが、兵馬は武家言葉になっていた。

「へぇ、それが……通り名までは、お名乗りにならねぇでやしたんで……」

町家の(もん)に武家がわざわざ名乗る義理はないゆえ無理もない。名字を名乗っただけでも上等だ。

「そいで、島村の旦那は深編笠を下ろして顔を半分覆ってなすってたんで、口元だけしか見えやしやせんでやんしたが……
ありゃあ、確かに(わけ)ぇ者の声でござんした」

与太はきっばりと云った。


「さすれば……父親の方ではあるまいな」

兵馬は噛み締めるように低い声でつぶやいた。

其奴(そやつ)の名は——『島村 広次郎(ひろじろう)』で間違いないであろう」

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