大江戸ガーディアンズ

〜其の弐〜


翌朝になった。

まだ夜が明けきらぬうちに起床すると、すでに寝間の外で待っていた通いの髪結いが入ってきて、早速「仕事」にかかる。

奉行所に仕える与力(よりき)や同心たちにとって毎朝髪をきちっと結ってもらうのは、(なら)わしであり矜持でもある。

兵馬(ひょうま)は、今日もまた(ちまた)で評判の「本多(まげ)」を所望した。
町家の者のように左右の(びん)を膨らますことなくぴっちりと高く結い上げ、(まげ) はできるだけ細くさせて月代(さかやき)にはらりと垂らす髪型だ。


寝間で髪を整え終え、髪結いを帰らせた頃にはすっかり朝になっていた。
隣の座敷に運ばれた朝餉(あさげ)を、顔を見せた妻の給仕によって手早く済ませる。
無駄口叩かずとっとと食すのは、武家の男の「(たしな)み」の一つだ。

それから、妻の介添で寝間着から御役目の装束に着替える。

着物の上に肩衣(かたぎぬ)を羽織り、下には(くるぶし)までの丈の縞の平袴(ひらばかま)、さらに継裃(つぎかみしも)と呼ばれる上下の異なる(かみしも)を付けるのが御役目での与力の姿だ。

そして、式台で腰に大小の刀をしかと手挟(たばさ)み、土間に降りて目の覚めるような白足袋(たび)雪駄(せった)を履くと、妻を筆頭にずらりと並んだ家中(かちゅう)の者たちに見送られて長屋門より出立する。


屋敷を出てまず向かうのは、町家にある湯屋(ゆうや)だ。
御役目を(たまわ)る町奉行所へ参る前に、其処(そこ)でひとっ風呂浴びるのだ。

ちなみに、与力は朝の湯屋では「女湯」に入る。

朝の(せわ)しない時分に湯屋などに通える町家の女房連中はおらぬゆえ、朝の女湯は与力の「貸切」になっている。
なんと、専用の刀置き場まであるくらいだ。

実は、男湯から聞こえてくる巷の噂話をこっそり仕入れて御用に活かす、という「御役目」も兼ねている。

< 62 / 316 >

この作品をシェア

pagetop