大江戸ガーディアンズ

本田家が代々担ってきた「赦帳撰要方与力」は、咎人(とがにん)の罪状に関する名簿を作成して恩赦の際にはその中から選定して奉行に上申したり、江戸府内の名主(なぬし)から提出された人別帳(にんべつちょう)(戸籍)を管理したりする御役目である。

兵馬の父・松波 多聞(たもん)の母方の従妹(いとこ)である千賀(ちか)がその本田家へ嫁いだのが縁となり、嫡男として生まれた主税に今度は和佐が嫁入ることと相成(あいな)った。


「おう、主税。……改まって何事か」

奉行所の回廊ですれ違いざま、主税から珍しく神妙な面持(おもも)ちで話しかけられ、兵馬は(いぶか)しんだ。

主税とは御役目は(たが)えど、南町奉行所の見習い与力としては同輩である。
互いに役付きの父親からその任を引き継ぐまでは「修行」が続く身だ。

ゆえに、主税が和佐()と縁付いて義弟となる前から、二人は気の置けぬ仲であった。


不意に、主税がすーっと回廊の端に寄った。
釣られて兵馬もその脇へ行く。

その横を(かみしも)姿の役人たちが行き交う。


「……(くだん)の『髪切り』の話でござる」

主税が声を潜めて(ささや)いた。

「今、赦帳撰要方(うち)の方では『咎人(とがにん)探し』の先例をあたっておってな」

赦帳撰要方の御文庫には、()れまでに咎人を捕らえてきた際の御調書(おしらべがき)口書(くちがき)が納められている。

その中に此度(こたび)の「髪切り」捕縛のための糸口になるものはありはしないかと探しているらしい。


「なにか妙案が見つかったのか」

「ああ、手詰まりになった際に幾度(いくたび)か試みられておる方策がござった」

兵馬の目が鋭く光った。


「されどもなぁ……」

裏腹に、主税がとたんに渋い顔になる。

「よほど巧く立ち回らねば、奉行所全体が赤っ恥をかいて失敗(しく)じる『戦法』でござるがゆえ……」
勿体(もったい)ぶるな。(はよ)う申せっ」

沸き立つ心持ちから声を殺すのに難儀しながら、兵馬は問いただした。

< 64 / 316 >

この作品をシェア

pagetop