大江戸ガーディアンズ
本田家が代々担ってきた「赦帳撰要方与力」は、咎人の罪状に関する名簿を作成して恩赦の際にはその中から選定して奉行に上申したり、江戸府内の名主から提出された人別帳(戸籍)を管理したりする御役目である。
兵馬の父・松波 多聞の母方の従妹である千賀がその本田家へ嫁いだのが縁となり、嫡男として生まれた主税に今度は和佐が嫁入ることと相成った。
「おう、主税。……改まって何事か」
奉行所の回廊ですれ違いざま、主税から珍しく神妙な面持ちで話しかけられ、兵馬は訝しんだ。
主税とは御役目は違えど、南町奉行所の見習い与力としては同輩である。
互いに役付きの父親からその任を引き継ぐまでは「修行」が続く身だ。
ゆえに、主税が和佐と縁付いて義弟となる前から、二人は気の置けぬ仲であった。
不意に、主税がすーっと回廊の端に寄った。
釣られて兵馬もその脇へ行く。
その横を裃姿の役人たちが行き交う。
「……件の『髪切り』の話でござる」
主税が声を潜めて囁いた。
「今、赦帳撰要方の方では『咎人探し』の先例をあたっておってな」
赦帳撰要方の御文庫には、此れまでに咎人を捕らえてきた際の御調書や口書が納められている。
その中に此度の「髪切り」捕縛のための糸口になるものはありはしないかと探しているらしい。
「なにか妙案が見つかったのか」
「ああ、手詰まりになった際に幾度か試みられておる方策がござった」
兵馬の目が鋭く光った。
「されどもなぁ……」
裏腹に、主税がとたんに渋い顔になる。
「よほど巧く立ち回らねば、奉行所全体が赤っ恥をかいて失敗じる『戦法』でござるがゆえ……」
「勿体ぶるな。早う申せっ」
沸き立つ心持ちから声を殺すのに難儀しながら、兵馬は問いただした。