大江戸ガーディアンズ

〜其の参〜


ようやく夜が明けた早朝、宿直(とのい)の御役目を終えた主税(ちから)は、南町の奉行所から八丁堀の組屋敷に帰ってきた。

されども、ゆうに三百坪はあろうかと云う「我が家」の前まで来ると、いきなり立ち止まった。

そして立派な長屋門に向かって、思わずほぉーっと深いため息を吐いた。

ところが、供に付く中間(ちゅうげん)たちがさような主君(あるじ)の姿を見ても、決して(いぶか)しむことはない。

この姿が……何時(いつ)ものことであるがゆえだ。


そのとき、閉ざされていた重たい門がゆっくりと開いた。

主税は何事もなかったかのごとく、(おもて)を上げて前を見据えた。

家屋敷の入り口には、妻である和佐(かずさ)を筆頭に家中(かちゅう)の者たちがずらりと並んで、勤めを終えた主税の帰りを待っていた。


南町奉行所・年番方与力である松波 多聞(たもん)の娘・和佐は、若かりし頃「浮世絵与力」呼ばれた父親には似ず、母親と瓜二つに育った。

その母親・志鶴(しづる)は、北町奉行所の年番方与力であった佐久間(さくま) 彦左衛門(ひこざえもん)の娘として生まれ、若かりし頃は「北町小町」と(うた)われるほど器量に()けた女子(おなご)であった。


只今(ただいま)、帰ってごさる」

主税は妻に告げた。

「お帰りなされませ、旦那さま」

和佐は夫に向けて深々と低頭した。

< 69 / 316 >

この作品をシェア

pagetop