大江戸ガーディアンズ

「母上、和佐が……なにか()(わきま)えぬことを申したのでござるか」

だれもが母親似だと認める面立(おもだ)ちを曇らせて、主税は母に問うた。

「分を弁える(どころ)か、あの嫁は……っ」

その刹那(せつな)、千賀の眉間にくっきりと筋が走った。

「太郎丸に、母親(おの)ずから剣術(やっとう)の稽古をつけたいと申したのじゃっ」


実は、和佐は姿かたちこそは「北町小町」と呼ばれていた母親の志鶴(しづる)そのものであったが、中身は父親である南町奉行所・年番方与力の松波 多聞(たもん)そのものであった。

「なるほど……
和佐は、幼き頃より義父上(ちちうえ)一刀流(いっとうりゅう)の稽古を付けてもろうておったからな……」

主税は懐手をして当時を振り返った。
妻とは同じ南町の組屋敷の内で育った「筒井筒(おさななじみ)」の仲である。

中剃りこそせぬものの、女だてらに若衆(まげ)に結い上げた和佐は、兄の兵馬(ひょうま)よりも熱心に道場に入り浸っていた。
おかげで一刀流の免許皆伝だ。

ゆえに実家の松波の御家では、和佐が女子(おなご)として生を受けたことが、どれほど無念至極であったか——


「なにが『なるほど』じゃっ。
なぜ、そなたは己の妻女を止めぬのかっ。
そなたは我が子・太郎丸が剣術の稽古なぞして、もし深手を負うたとしても構わぬと申すのではあるまいなっ」

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