大江戸ガーディアンズ

すると、平素は心の(うち)をまったく表に出さぬ政五郎が、みるみる間に渋面になった。

『父上、もしや和佐殿を我が家の嫁として迎えるにあたって、なにか御不満でも……』

ひれ伏していた(おもて)を上げた主税は、父に尋ねた。

『いやいや、早まるな。そうではあらぬ』

政五郎は即座に打ち消した。


和佐の父・松波 多聞とは、互いに若衆(まげ)の頃から切磋琢磨してきた朋輩の仲だ。

奉行所で御役目をいただく者の中には、我が身可愛さに同輩を出し抜いてでも「上」へ取り立てられたいと願う者が少なくない。

各々(おのおの)が「御家」を背負って勤めに励んでいるため、致し方のなきことであろう。

されど、多聞は家柄の確かさもあってか、上の者に媚びへつらうことが一切なく、下の者にも偉そぶることも一切ない、さらに同輩にとっては裏表がなく気の置けない相手であった。

ゆえに、さような父親譲りの気性の持ち主と知られる和佐に何の不満があろうか。


『おまえの母が、何と申すのかと思案しておるのじゃ』

政五郎は懐手をして唸った。

代々、同心支配役(不浄役人)に任ぜられる松波家の娘である和佐を……

あの気位の高い妻・千賀が、たった一人の息子・主税の妻女として両手(もろて)を上げて迎えるとは、政五郎にはとうてい思えなかった。

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