大江戸ガーディアンズ
🏮 参の巻「駆引」
〜其の壱〜
漆黒の空に浮かんだ立待月の月の光が照らす庭先から、抑えた声が聞こえてきた。
「松波様……与太でやんす」
「おう、与太か。入ってくんな」
松波 兵馬は縁側に上がってくるよう促した。
即座に「へぇ」と応じる声がして、しばらくするとすーっと障子が開く。
座敷の内では、床の間を背にした上座には兵馬が、そして入り口近くの下座には南町奉行所の同心・杉山 新九郎が座していた。
杉山は下っ引きとしての与太の「雇い主」である。
「松波様、杉山様、遅うなって申し訳のうござんす」
縁側に腰を下ろした与太は深々と平伏した。
「おう、仕事帰りに悪りぃな」
兵馬は与太を労ったあと、
「それにしてもよ、吉原にまた『髪切り』が出やがったっ云って、町家の連中は上を下への大騒ぎじゃねぇのか」
脇息に肩肘を付いて心底忌々しげに唸った。
「それによ、『南北』が互いに手前の手柄にするために相手を出し抜くことっきゃ考えていねぇからだっ云って、讀賣の野郎が江戸じゅうに触れ回っていやがるしよ」
「平生はふんぞり返って偉そうにしてやがるくせに、肝腎要の際に奉行所は南北揃って一体なにしてやがんでぇ」と町家の評判はさんざんなのだ。
おかげで奉行所の「手先」として仕える与太も、実のところ肩身の狭い思いをしていた。