大江戸ガーディアンズ

「……松波様」

同心の中でも吉原を受け持つ「隠密廻り同心」である杉山が、経緯(いきさつ)を話すために口を開いた。

此度(こたび)の丁子屋も、先般の松葉屋や扇屋と同じく『髪切り』が見世の者の隙を突いて知らぬ間に二階に入り込んでおった、と聞き及んでござる」

隠密廻り同心は、南北の奉行所合わせても其々(それぞれ)二人しかいない。

そのうちの一人である杉山は、兵馬や与太よりも一回りほど歳上で、同心としてはそろそろ中堅に差し掛かる頃合いだ。


「伊作親分もおいらも、見世には『狙われるのは二階だから絶対(ぜってぇ)に手薄にすんな』って口を酸っぱくして云ってたんでやすが……」

今夜もまた岡っ引きの伊作は呼ばれず、下っ引きの与太だけがこの松波の御屋敷に参った。

ただ、もう寄る年波には勝てぬ伊作は呼ばれぬことをこれ幸いと思い、何なら与太に「岡っ引き」の座を譲ってもよいとさえ考えるようになってきていた。

つまり、奉行所より持つことを(ゆる)された「十手」を譲る、ということだ。
伊作の「親分」であった与太の祖父・辰吉から譲り受けたものを「返す」と云った方いいかもしれぬ。


「此度も、(くるわ)(おんな)(まげ)の根元をすっぱり切られたっ()う話だったな」

兵馬は深いため息を吐いた。

「そいで、やられた遊女はどんな具合だ。
今度こそ『髪切り』の顔は見たんじゃねぇのか」

無念なことに、松葉屋や扇屋の折に「髪切り」の顔を見た者はいなかった。


「それが……」

杉山の顔が(にわ)かに曇った。

「妓が(かわや)へ参るために廊下へ出て一人になった刹那、後ろから髪を引っ掴まれたかと思ったら、いきなりざっくりと髷を切り落とされたそうにてござる。
しからば、何が何やら訳がわからぬようになり、ただただ(こお)うなってしゃがみ込んだゆえ、とうとう助けの声すら出せぬじまいで……
望月(満月)の明かりの中だと云うに、まんまと『髪切り』は逃げおおせた次第でござる」

「その妓は『おなごの命』をばっさりやられちまったのが相当(こた)えたらしく、すっかり寝込んじまってるそうでさ。
なんでも切られたあとの髪が尼削ぎよりも短いとかで、(かもじ)を付けて誤魔化すこともできねぇと聞いておりやす」

尼削ぎとは出家した尼僧の髪型で、口伝(くでん)の生き物である河童の頭ごとき(さま)だ。

とてもとても、さような(かしら)で見世へは出られまい。

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